2013年12月02日

愛犬の旅立ち

お留守番つづきだった。
愛犬フォルクスが、さきほど天国へ旅立っていきました。

久しぶりの休養日。愛犬と買い物にでかけ、帰宅してから様態が急変し、
12月1日(日)夜23時55分、息をひきとりました。

私の帰国と、その後の取材による留守番。
仕事が一段落するのを待っていたかのように。
明日は久しぶりにシャンプーしてあげなければ。。。と、家族と話していたのに。

9歳でした。ありがとう。9年間の思い出。

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posted by 丸山 陶李 at 01:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2013年11月22日

中国(1)北京での三人展

中国から帰国しました。
来週、韓国のテレビ局が取材に来日するため、
そのスケジュール調整に時間をとられて、中国での展示会や河北省の磁州窯踏査について
ブログに掲載する時間がとれません。
一段落しましたら、順次、掲載していく予定です。

北京での展示会場での写真を数枚だけアップします。

会場となった北京市朝陽区にある韓国文化院
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ドアを入ると、李朝の古い木のドアがエレベーターへと案内してくれます。
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エレベーターを降りて、会場入り口より撮影、三人の作品が展示してあります。
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オープニングパーティ後、会場で。
左から張先生(中国・磁州窯)、私、宋先生(韓国・宝城窯)、北京精華大学の徐さん。
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三人展の図録にサインしているところです。(張先生、撮影)謝謝!
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(続く)
posted by 丸山 陶李 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2013年11月06日

小井戸茶碗

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小(古)井戸茶碗/陶李作
この井戸茶碗は、韓国に嫁いでいきました。
今はどうしているか、たまに思いめぐらします。

根津美術館で74碗の「井戸茶碗」が展示されています。
根津美術館 特別展
【井戸茶碗 戦国武将が憧れたうつわ】
2013年11月2日(土)〜12月15日(日)
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html

根津美術館の井戸茶碗展から帰宅。
「井戸茶碗一考察」のページ更新をしていないので、今日もブログに記しておこうと思います。
開館と同時に伺って、昼食もとらずに4時間半、74碗の井戸茶碗と対峙してまいりました。

キリシタン大名・大友宗麟の書状が展示されており、
大友宗麟もめでたく高麗茶碗を手にした喜びを綴っているのですが、
学芸員さんに質問したところ、大友宗麟が手にして喜んだ高麗茶碗が井戸茶碗であったか、
どの高麗茶碗であったか、どの井戸茶碗であったか、については
謎だそうです。秘密ではなく、わからないままだそうです。

名だたる戦国武将がことごとく魅せられた「井戸茶碗」の魅力が堪能できることと思います。
根津美術館さんのご苦労で個人蔵のめったに拝見できない井戸茶碗が30点以上展示されておりました。
知られた井戸茶碗より美しい物や、見どころのあるものもあり、見逃せない貴重な展示だと思います。

大井戸茶碗「細川」も、畠山美術館の展示の際より見やすく、より美しく四方から拝見できます。美しかった。

私が個人的に好きな井戸茶碗の一つ、、
古井戸茶碗「老僧」は、12月2日の展示替えから拝見できるとのこと。
「老僧」を拝見したいので、もう一度伺うつもりです。

根津美術館の井戸茶碗展で図録を十部購入。お世話になった韓国の井戸茶碗作家の先生方に送るつもり。展示では「高台」は一切拝見できません。図録を買わないと「高台」は見ることができません。

これだけ(74碗)の井戸茶碗を見た人は、「こうでなくちゃ!」って言えなくなるはず。土も様々、釉薬も様々、カイラギさまざま、形も作行きも様々。ロクロ目も見込みも茶溜りも高台も様々。
緑釉系統の雰囲気を感じさせるものから、白磁に近い井戸茶碗まで、様々です。
展示は大井戸・小井戸・青井戸と分類されていますが、個人的には、「土」によって分類して展示したら、井戸茶碗の変遷もわかるような気がして・・・こんなマニアックな人はいませんね(笑)。

国宝 大井戸茶碗、喜左衛門の見込み。
脇取りの削りのせいで、落ち込んで鏡のようになっていた。見込みが少々生焼け気味に見えた。
370gの重量表示あり。

大井戸茶碗の中でも殿様の風格、細川。美しかった。重量表示460g。

有楽は450g。
すべてではないが、重さが記載されており参考になる。

喜左衛門の見込みを拝見して、焼成された時の窯内の置き場所を考えました。

もう一つ、火間があるでしょ、横一文字に。喜左衛門は、脇とりで薄くなってしまった器胎なので、柄杓掛けで釉薬を掛けたと思います。だから見込がちょっと汚い釉流れになっている。

喜左衛門が柄杓掛けで釉薬をかけたとしても、他の井戸茶碗もすべて柄杓掛けとは言えない。

釉薬掛けの際の指の使い方で、釉なだれができているものを見ると、わしづかみにして、ほとんどの井戸茶碗は釉薬を掛けているのがわかります。

根津美術館の井戸茶碗の傷についての説明で、「切れやすい土を用いている」と書かれていた。「切れやすい土」も、それなりの説明となっていると思うが、それ以上に考察できることは、「窯」の冷め方。冷風が器胎にあたった、窯の隙間から冷風がはいった。私には切れやすい土より、この方が納得がいく。切れがはいっている井戸茶碗の方向と切れ方がすべて同じであるのは、一考に値する。私も窯の温度が300℃くらいになった時、取り出した茶碗を水にジュッと浸す。これで古色付けをしてしまうのだが、そうすると、あのような縦方向の切れが生じやすく、窯の冷め具合と取り出すタイミングは、いつも大変気をつかう。
切れやすい土(土とはいいうが、カオリン質の半磁器、軟質白磁土)、であっても、窯が急冷にならなければ、あのような切れ方がすべてに現れることはないと考えている。

「井戸茶碗展」の図録に一碗一碗を拝見しながら、重量や気が付いた事をメモしてきたので、繰り返しメモを読みながら、各々の井戸茶碗の写真と重ね合わせているのですが、図録の解説、歴史的由来など茶の世界でいかに賞玩されて愛されてきたかということを感じられ、勉強になるのですが、

どうやら、現在の学者の意見であり著名な方々の論であり、現在の作り手や原材料の分析値ではなく、原材料の性質を知って試行錯誤している作り手たちの意見は全くとりあげていないですね。
驚いたことに、ある井戸茶碗の釉薬の解説に、
「枇杷釉をかけた後に、白釉を掛けて二重掛けしている。」とありました。
ありえない。。。正直なところ、図録の解説にはひっくり返りそうになるような「わかってないな。。。」ということが書かれていたりします。

これが現在の日本の高麗茶碗や井戸茶碗をとりまく学者たちの狭さを露呈しているように思うのですが。土と釉薬、原材料と窯と焼成について、もっと論考が欲しいところです。

また、井戸茶碗の焼成についても「甘い焼き」だからもろい、という図録の指摘。これはすべての井戸茶碗には当てはまらないのは、作り手だったらわかるはず。1200℃で生焼けの陶片を頭洞里を訪問した時、見せていただいたし、韓国の作家さんたちは、決して甘い焼きをしていない。高台内の梅華皮が生焼けになるのは、窯の火の回り具合。つまり「置き場所」によるもので、すべてとはいえない。現にこの度の展示には、釉薬が大変よく融けて梅華皮も融けているものが何点もありました。私もかつてはゼーゲル7あたりで焼成していましたが、今はゼーゲル8から9あたりになる高温焼成です。

 図録には、最新の井戸茶碗の産地や考察が記されています。頭洞里や晋州、宝城についても触れられていました。

 いつも思うのですが、いまだに「枇杷釉」という呼び方を井戸茶碗の釉薬に対して使用しているのですが、「枇杷釉」という呼び方は間違いだと指摘する方はいないのでしょうか?韓国の井戸茶碗作家の先生のパンフレット作りをお手伝いした際にも、「枇杷釉」と日本語版に訳されていたので、「枇杷釉ではない」ことを作家や弟子に説明すると、「その通り」と仰って納得していました。日本の学者の影響は、韓国にも及んでおり、再考を促したいところです。

 図録の解説を読み終えましたが、一時は井戸茶碗は「祭器」だという説がありましたが、今は懐疑的にとらえられてました。


 私は土は慶尚南道のカオリン鉱脈が、ずっと続いている地形を見てきましたが、「あの土」が、用いられていることがわかります。井戸茶碗に関しては、さて、どこの窯(韓国の産地)か?ということになると、「対馬」を経由して晋州と行き来がずっと続いていましたから、日本に来た李朝の陶工は土を求めて晋州に往復したことでしょうし、また鎮海や釜山、金海など慶尚南道のあのカオリン鉱脈の土(石)つまり原材料を日本に持ち込むことを李朝の陶工たちは考えただろう、と推察しています。薩摩焼のように「火ばかり」ということも大いに考察できると考えています。根津美術館では、2013年11月9日(土)午後2時から3時30分 赤沼 多佳氏(三井記念美術館参事) による「井戸茶碗の魅力 −その種類と産地をめぐって」という講演も予定されているので、出席なさった方は、是非、そのお話の内容を教えていただければと思います。私は、生憎この日は、北京と磁州窯踏査で中国へ渡航しており、講演会には申し込めませんでした。

posted by 丸山 陶李 at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2013年11月01日

化粧土陶瓷作家三人展

East-Asia
化粧土陶瓷作家三人展

-茶道具を中心に-


2013年11月8日-14日
駐中韓国文化院展示室(北京市・中国)

Zhang Runsheng (張潤生/磁州窯) China
Song Gijin (宋基珍/宝城粉引 井戸茶碗) Korea
Touri Maruyama (丸山陶李/粉青沙器 井戸茶碗)Japan


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【図録より】
東アジアの歴史の中で化粧土陶磁文化は、様々な機能性と用途を備えた生活陶磁文化でした。その中で、中国と韓国では主に民間で使用された陶磁文化と、 16世紀の朝鮮から日本に渡った化粧土陶磁(?国名/粉青沙器)茶碗は、日本の支配階級のお茶会で抹茶を飲む茶碗に利用され、その価格が高くなることもありました。

今日に入って東アジアの民間の歴史の中で主に使用された化粧土陶磁を再現することは、3つの理由からです。

まず化粧土陶磁のポストを探すためです。
人類の歴史の大部分が支配階級の視点から記録れて見ると、肝心の崇高な人類の歴史を支えてきた民衆の人生はいつも度外視されて軽視されてきました。こうだから、私たちの陶磁文化においても、玉の色を帯び、高級に見え、これは、青磁や純白の白磁、華やか黒釉(天目)等は、高い芸術性を持つ陶磁文化に評価され、民衆の
素朴な生活の香りが染み込んでいる化粧土陶磁は、低級な陶磁として扱われるのが常でした。

現代に入って人類の理解が多元性を認め始めてから、人類のすべての文化遺産は、高度な、低価格の区分はなく、そのものが持つストーリーに耳を傾けながら化粧土陶磁また、人類の多くが享受した陶磁文化として、いわゆる民の生活の中で率直な人生の物語が感じられる文化遺産に理解され、その芸術的な重要性が高まってきていました。

だから、今は東アジアの化粧土陶磁の芸術性を知らせて表示しようとする必要があるという考えです。

第二に化粧土が示す自由な芸術性です。
化粧土もは規格化された文様装飾がシムーンされた装飾、生活陶磁から、民間で広く使用するために抜本的な生戦略を通じたダンスンミを示しており、これは現代回性まで備えたプリズムが非常に広い陶磁文化とも呼ばれることができます。

そのためか、各国の化粧土陶磁文化の様式化された化粧土をものさし類は、ほとんど同じような奇形の模様を見せてあり
、私は、民衆の間でカモを使用するために製作された物たちで示して化粧土陶磁の形態は、様々な装飾技法と自由な表現形式が試みられています。私たちの歴史の中でも刷毛手法が示す力強い躍動回性などは、比肩した例です。

人類のOn - Offラインの大規模な国際交流を通じて、外面の小さな内面までも見ることができる今では、ルロソは、それぞれの国の民間から試行された直感の芸術化粧土陶磁文化も今では芸術性を備えた芸術作品としてバーラボは、視覚を持つべきだと思います。

第三に、韓国の独創陶磁機株式会社"ラフドムボン扮装陶磁生産技術"を世界に広く知ってもらうためです。
"ラフドムボン扮装陶磁生産技術"は、 "荒いドムボンが"とも呼ばれているが、この手法は、粉青沙器の白磁のように見えるようにするために15世紀の朝鮮の民衆たちによって考案された独創的陶磁製作技術です。

もちろん、この手法が考案されたきっかけは、芸術品を作り出すための理由ではない、当時の朝鮮の調整で急に実施した"民間の白磁製作と使用を禁止する"という社会状況のためでした。民間の生活白磁を作って出していた荘のは、設定で白磁制作を金という指揮に、ひたすら生き残るためには、 "白磁はありませんが白磁のような器の製作を考えだした結果の中に誕生した手法とすることができます。

この技法で制作された下地ドムボンこの茶碗は、 16世紀に日本に渡って、日本の最高権力者豊臣秀吉が茶碗に使用することになり、豪華な茶碗としても、その品格を認められることになります。また、現代に至っては酒を飲む酒器分野で世界最高の名品とうたわれています。これは、 "荒いドムボン扮装陶磁"類の芸術的価値が国際的に認められているという反証です。

日本では今でも最高のドムボンがのことであって好調節目食(宝城粉引、?国名宝ドムボンが)という言葉が代名詞のように使用されています。

最近になって、東アジアの緊張が少しずつ高まっているようです。国際的文化交流は、善隣外交という役割を十分にできると思います。この"東アジアの化粧土陶芸作家3人展"を通じて、東アジアの平和的共存をバーという気持ちが一緒にしているのも、多くの人が知ってほしいという気持ちです。

2013年10月
宝城ドムボン文化復元研究院長ソンギジン 宋基珍

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日程中三泊四日の予定で、1000年前の磁州窯の踏査が行われます。
北京から500qも離れた河北省磁州県にテレビ局の方、古美術研究家、大学教授のメンバーと共に私たち作家三人も参加することになっております。多くの博物館訪問も盛り込まれており、楽しみでもあります。

posted by 丸山 陶李 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2013年10月22日

細川護煕展

細川護煕展
2013 Autumn Morihiro Hosokawa
Art Exbition

今日ご案内と図録を頂戴しましたので、
紹介させていただきます。

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2013年11月2日(土)〜11月4日(月・祝)
午前9:00〜午後5:00

古美術 柳孝
〒605-0088
京都市東山区大和大路通
新門前上ル西之町195
TEL 075-551-1284

図録には軽井沢に築窯した穴窯での自然釉作品、信楽・伊賀など。
湯河原の窯で焼成した、楽茶碗・井戸茶碗。
素晴らしい作品が紹介されていました。

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今年春、日本橋「壺中居」での個展では
「とうとう来るところまで来た。」と仰っていた井戸茶碗。
韓国の原材料を手に入れられて、実に良い味わいを醸し出していたのを思い出します。
細川護煕氏のとことん追求する姿勢が、作品それぞれに現れていました。

京都、柳さんでの個展も、また新しい作品揃い。楽しみです。



posted by 丸山 陶李 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗