2006年05月30日

薬研

今日は「休日」と自己宣言し、休養日。

たまった洗濯物を片付け、
札幌から取手に移転して六ヶ月、
手をつけていなかったヴィオラ・ダ・ガンバを弾いてみることにした。

昨日、楽器をケースから出したら、
駒はズレているし、KORGのチューニング器が見つからないし、
オマケに、10代に覚えてしまったギターの調音しか思い出せず、
ガンバの開放弦の音が思い出せなかった(自爆!)。

急遽、ガンバ仲間に電話で開放弦の音を確認し、メモ!

イヤハヤ、10代の記憶力の威力はスゴイと思いました。
ガンバもギターも、同じ6弦の楽器だけど、調音が違うのです。
最初、ギターの調音をしてしまい、
「何か変?」
と、気づいた次第。

ちなみに、
ギターは低い音の弦(下)から、
E-A-D-G-B-E(ミラレソシミ)ですが、

ガンバは
D-G-C-E-A-D(レソドミラレ)
となります。

通常、ガンバはチェロのように構え、膝で挟んで弾きますが、
たまに、ギターのように楽器を横にして音をだすこともあるのです。

今日、練習していて、ピチカートだけで音取りしてみようと
休憩半分に、ガンバを横に抱えてみたのですが、
アリャリャ・・・横に抱えて弾くと、ギターの調音で指が動いてしまいます。
駄目だこりゃ!
恐るべし、10代の記憶!

私の場合は、あくまでもガンバを膝にはさみ、
ボーイングしないと、間違ったフレットを押さえてしまうことが
よく、わかりました。

もっともっとガンバの練習すれば、10代のギターの記憶は
消滅してくれるのだろうか・・・。(汗)。

画像は、オークションでゲットした「薬研(やげん)」です。
昔、クスリの調合をする時に、薬草を細かくするために使われたもの。
3000円で、見事、落札し届いた現物を見たら、
長年の使用により、鉄製の受け皿に小さな穴が空いており、
せっかく摺っても、散らばってしまいそう。。。

原土を摺るのに使おうとおもったのですが、
どうやら、失敗しました。
やっぱり、スタンパーの方がgoodだなぁ。

鉄の補修って、ハンダ付けですかね??

yagen.jpg



posted by 丸山 陶李 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2006年04月21日

骨壷雑感

今の仕事に一段落をつけて、陶房も掃除した。

明日は、昨年九月に亡くなった母の納骨に御殿場まで行ってきます。
葬祭の時、斎場に用意してある白い磁器の骨壷に納められた母の遺骨。
その後、その骨壷の蓋に、父の意思で、私が上絵つけしてクリスチャンネームと十字架、そして本名を焼き付けた。

今、思うと父から「骨壷」を作っておいてくれと頼まれたのに、生きている時に父母の骨壷を作るのは気がひけ、「そのうちにね」と言葉を濁してしまったが、明日の納骨を前にして、やはり作っておけばよかった・・・と思う。

父の骨壷は生きているうちに作っておこうと思う。
むしろ、父の骨壷というよりも、明日納骨する母の遺骨と一緒に納まるような大きなものを作ったら、よろこんでくれるのかな?と考えたりする。

明日、それとなく父に話してみようと思う。

以前、制作した骨壷。

kotutubo1.jpg

これは、骨壷としてではなく、おそらく別のものを入れて利用されているだろうと、お買い上げになった若い女性を思い起こしている。

札幌個展の時、ご来廊いただいた年配の男性から骨壷の依頼を受け、陶房にも見えて、ご希望やお話も伺ったのだが、結局、自分の骨壷を用意しておくことに抵抗があるらしく、具体的な注文とはならなかった。

その後、何度も札幌個展には毎年いらしてくださったが、骨壷のことはさっぱり話題にならなかった。

骨壷自体、斎場によって大きさがかなり違うし、霊園によっては、骨壷から遺骨をだして墓の中に散骨するところもある。

札幌の斎場では小さ目の骨壷で、棒で砕いて細かくして遺骨を納めていた。
母のお世話になった斎場では、大きめの骨壷で、遺骨も砕くことなく、そのまま納められた。

生きている間、水指などとして骨壷を利用して、死後、自分の選んでおいた骨壷に入ろうという、酔狂な方は、そんなに多くはないとは思うが。


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2006年04月02日

李朝の技法+α

私の粉引葡萄紋マイカップをブログの写真でご覧になって、注文が入りましたが、あのマイカップは自分用の試作品なので、かなり手抜きしてあります(汗)。
そこで新規にご要望に応えようと、葡萄紋のピッチャーを挽きました。

私の生活様式は、骨董+洋風バロック・ロココです。よく家にいらした方々から和室を洋風に使っていたり、その具合が落ち着いて良いから長居しちゃう、とかお話をいただくのですが、基本的にアンティークは洋風のものも大好きです♪
猫足とか彫刻ゴテゴテとか金色装飾とか。

九月予定の銀座個展では、李朝の技法にプラスして自分なりに洋風なものを積極的にアレンジして取り入れてみようと企てております。
李朝の技法+α=どうなることでしょうか♪

私は李朝の技法は使っていますが、以前にも書いたように「写し」をしているつもりは全くありません。李朝の豊かな技法を駆使して、作陶テーマの「十字架」や聖書の題材をモチーフにした私なりの作品を発表してきました。

作陶してて楽しいです。あんなもの・こんなもの・・・とイメージは次々に浮かんでくるので、メモしておかないと、せっかく浮かんだイメージを忘れてしまいそうです。

今日は、引き続き菓子型を利用して粉引の作品をいくつか制作しました。
さて、どんな個展作品を、皆様に見ていただけるか、私自身も楽しみです♪

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先日、ヒビが入ってしまった「鳩」の大皿。再度、大皿を挽き明日「鳩」を貼花する予定です。

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2006年03月21日

古物雑感

リサイクル法が施行されて、冷蔵庫を処分するにも三千円ほど費用がかかるようになり、昨年12月の移転の際には、地下室の一部屋に不要な電化製品や古いパソコンなどを置いてきた。

リサイクルは大好きなのに、ジャンク品などは売買が禁止となるようで、ちょっとつまらない。よく行くハードオ○とかオフハウ○はどうなっちゃうんだろう?と心配もチラリ。

中学生の頃から骨董品が好きだった私は、ちょっと変わっていたのかもしれないけれど、古い物に囲まれているとホッとするのは何故だろう。未だに古物は大好きで、新品を買うことは滅多にない生活です。

古着OK!家具も中古でOK!車も中古が絶対イイ!家も新築じゃなくて古民家が好き!合板の木材を使った新品よりも古い一枚板の家具が好き!和服だって古着で充分!帯も古いものが好き!

李朝の家具を見ていると、リペアされて長年使用されているものが、良い木の色と味を出しているので感心する。李朝ならずとも、海外ではこうして家具を大事に代々使うということがあるようだ。

オランダのアッセンデルフトという絵に以前はまってしまい、もともと古い家具を塗り替えて大事に利用することからアッセンデルフトは発達したというので、わざわざリサイクル店に行って古い書棚などを買い、自分で塗り替え、絵を描いて使っていた。

citar.JPGdelft-s.jpg

家中の家具を塗りつぶして来訪者などあると、玄関の下駄箱にまで絵が描いてあるので、びっくりされたこともありました。

トールペイントが流行し、母校の先輩から素敵な作品を送っていただいたりしているので、最近はもっぱら人の作品を楽しませていただいています。

最近、木の製品に目が行くようになって、古い菓子型とか桶とか、椅子とかをオークションで格安で落札して、喜んでいます。小さな楽しみです。

もともと収集癖があるので、古物も集まるとコレクションに見えてくるから不思議なものです。「捨てる神あれば拾う神あり」ってところでしょうか(笑)。

最近、ゲットした木の古物です。

budo-s.jpghasu.jpgkasikatasakana2.jpg

これを見て、ただのコレクションと思いますか?
実は、これ作品に応用するつもりで落札したものです。
お楽しみにぃ〜♪
posted by 丸山 陶李 at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2006年02月06日

チャングムに思う

美味しいものを食べたいと思うし、美味しいというお店には、即効出かけたりする。

でも贅沢な料理を食べたいというのと、美味しい料理を食べたいというのは違う。私は、素材の旨さを生かした味付け、料理が好きだから。

例えば、お豆腐や牛肉。
昨今、豆腐料理のお店もステーキや焼肉のお店も非常に多くなったけれど、本当に美味しいと思えるのは、素材自身がそれだけで美味しいもの。

グルメ!と言ったら食生活に金銭を投入するような贅沢趣味と思われるかもしれないが、結局、私のグルメは質素なところに行き着く。

陶李会会長の佐藤先生に薦められて、NHKで再放映されている「チャングムの誓い」を先週の金曜日に見た。

李朝の陶磁器が登場するというので、その小道具も気になり釘つけ状態で見ていた。官窯の白磁や染付けの白磁など李朝を代表する陶磁器が置かれていた。また、懐かしい大きなキムチ瓶も、よく登場する。

たまたま先週のストーリーは、チャングムが宮廷での料理合戦に負けてしまうところから始まったのだが、ドラマ最後では、「自分が何故負けたか?」をチャングム自身が悟るのであった。

宮廷の料理人から離れ、余命幾ばくも無い貴人の世話をするよう命じられたチャングムだが、その貴人が世を去る時には、先に亡くなった兄が、美味しいと言っていた、モチモチとしたお米をもう一度手に入れて棺の中に入れて亡き兄に持っていきたいという。

チャングムは、そこで時間をかけ手間隙をかけて山菜やお米を干している使用人の料理を口にし、「どうしてこんなに美味しい料理が作れるのか?秘訣を教えて欲しい」としつこく使用人にまとわりつくが、使用人は「秘訣なんか何もない」と笑顔で切り返す。

貴人に、モチモチとしたお米を食べさせたい、亡くなる時に持たせたいとの一心で、チャングムは、美味しい山菜料理を作る使用人に、「美味しいお米はどうすればモチモチと旨くなるのか?」と問い、「毎日お日様にあてて干すだけ」と聞いて、「干せば旨くなるなら、釜で煎って早く貴人の口に・・」と考える。

しかし、その急いで煎って乾かしたお米は香ばしくとも、モチモチと美味しい食感とはならなかった。

この経験から、チャングムは悟るのだ。
「美味しいものに秘訣はない。私はなかなか手に入らないような高価な食材で料理に勝とうとしたが、誰にでも手にはいるような食材でも、時間をかけ、相手を喜ばせることを思い、じっくりと素材の旨みを生かせば良いことを。私は秘訣ばかりにとらわれていた」と。

李朝の陶磁器もさることながら、わたしはチャングムがこのストーリーで悟ったことに示唆をいただいた。

素材の良さを引き出す、時間をかけ、相手に喜んでもらえるように。。そこには良い食材を利用し高価な素材を利用するよりも、美味しいものができるということを。

私は料理もとても好き。
器との取り合わせも楽しみのひとつ。
高価な素材を利用しなければ出ない味よりも、工夫と素材の旨さを引き出す料理こそ、惹かれるものである。

質素な私の料理から今日の一品を紹介します。
料理というよりも、余った冷ご飯を、こうして美味しくいただいています。ちょっとした、お茶のひとときに美味しい一品です。

材料は、冷や飯・小麦粉・塩
フライパンで揚げただけ。

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posted by 丸山 陶李 at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗・李朝