2008年06月03日

欲しい!

私の李朝コレクション・陶磁器コレクション
骨董少女と呼ばれた数十年前から始まって、
大詰め、という感じです(笑)。

今日は帰宅したら郵便ポストに、「鍋島の皿を購入してくれないか」と、コレクターからの手紙が届いていた。
鍋島を購入する気もないが、価格を見てさらに驚き。
軽く一千万を超えている!

コレクターの方から、購入依頼が来ることも今までにも度々あったけれど、こんなに高額なのは初めてです。

陶芸家なんて貧乏しながら作陶してる人が多いのにね。
でも、貧乏ながらも「良いモノ」を、ご飯を食べなくても手元に置きたくなる人が陶芸家には多いということを知っているんでしょうね(笑)。

また、コレクターの方が購入した陶器の鑑定依頼も何度か依頼されたこともあるけれど、画像が悪くて判断に困るものが多かった。せめて写真を送るなら、大判で鮮明なものを撮影角度を変えて数点は送って欲しいものである。
実物を見なくとも、画像が良ければ、ある程度判断はできることが多くなってきたが、これは昨今のデジカメの性能が格段にアップしているから。

完品を求める骨董好きな方が多い中、
作陶の参考になるものや、陶片などを収集してきたので
完品のものは、ほとんどないのが私らしい(笑)。

骨董を見に行っても、最近は「欲しい!」と思うものも少なくなり、
「連れって行ってよ」と語りかけてくる品物も滅多にない。
たまに、「連れて帰って?」と語りかけられても、
「ごめんね、連れて帰れないよ」と諦めざるを得ない事のほうが多いかも(笑)。

陶磁器と同時に李朝の木製品にも、とても惹かれて
家具類も増えてしまったけれど、もう置き場所が・・・。

そのような状況で、久しぶりに「欲しい!」と思わされたモノが出てきた。

これ
何だかわかりますか?

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手捻りで作られた瓦です。
李朝時代のものです。

時代が下がると、型物になってしまう瓦ですが、
これは、手捻りによるものです。

こういうものが作陶を触発してくれるんですよね。
是非、手に入れたい!と思っていますが・・・。
posted by 丸山 陶李 at 21:14 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年10月30日

美の求道者・安宅英一の眼

特別展
「美の求道者・安宅英一の眼―安宅コレクション」

The Eyes of Ataka Eiichi, Seeker of True Art
Selected Chinese and Korean Ceramics from the Ataka Collection

東洋陶磁のコレクションとして質、量ともに世界でもトップクラスとされる安宅コレクションの名品展が、28年ぶりに東京で開催されています。
行かなくちゃ!!です(笑)。
京都で陶セラピーの講演依頼を受け、その帰路、大阪に立ち寄り、飛行機の出発時間ギリギリまで、大阪東洋陶磁美術館で安宅コレクションを堪能したのが、四年前になる。
時間をかけてゆっくり拝見し、メモも取ってきたが、今回また東京でコレクションに接することができる機会を得、わくわくしています。

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◇とき   2007年10月13日(土)〜12月16日(日)
◇ところ  三井記念美術館 (日本橋)

◇開館時間  10:00〜17:00  (入館は16:30まで)
※但し12/1(土)〜12/16(日)は10:00まで (入館は18:30まで)
◇休館日 月曜日

◇入館料 一般1000(800)円、高大生700(600)円
※身体障害者手帳、中学生以下は観覧料無料



◇概要 〜展覧会案内文を参考に〜

「ものは 三顧の礼をもって迎えるべし」――安宅英一

東洋陶磁のコレクションとしては世界第一級の質と量をほこる「安宅コレクション」。 安宅コレクションが住友グループ21社から大阪市に寄贈され、その収蔵・展示施設として大阪市立東洋陶磁美術館が開館してから、本年で25年がたちました。

安宅コレクションは、かつての安宅産業が、企業利益の社会的還元と社員の教養向上を目的に、事業の一環として収集したコレクションで、韓国・中国を主体とする東洋陶磁の名品コレクションを中心とするものです。 

このコレクションの形成にあたってもっとも大きな役割を担ったのが、元取締役会長・安宅英一 (あたか・えいいち 1901-94)です。 安宅は、美術のみならず音楽にも造詣が深く、戦後日本の音楽界においてパトロン的存在として多大な功績を残した人物でもあります。 安宅コレクションは、類いまれな芸術的天分にめぐまれた安宅英一の研ぎ澄まされた鑑識眼と、自らの美的価値観に対する妥協のない完璧主義によって生まれたものであり、彼の存在なくして安宅コレクションを語ることはできません。 

安宅英一の眼によって選びぬかれた作品群――「安宅コレクション」は、ひとりの愛好家のまなざしによって創造された芸術作品ということもできるでしょう。 東洋陶磁美術館に世界ではじめて自然採光室が設けられたのも、安宅の眼が見出したものをなんとか伝えようという動機からでした。

本展は、第1部 「コレクションの形成」 (第1期・草創期、第2期・発展期、第3期・成熟期、第4期・整理期)、第2部「美の選択」、第3部 「安宅コレクションの小品」 の三部からなります。 《飛青磁花生 (とびせいじはないけ)》、《油滴天目茶碗(ゆてきてんもくちゃわん)》 の2点の国宝をはじめ、《青花蓮池魚藻文壺 (せいかれんちぎょそうもんつぼ)》などの12点の重要文化財、《青磁象嵌牡丹文鶴首瓶 (せいじぞうがんぼたんもんかくしゅへい)》などの初公開作品、関連作品などを紹介しながら、かつてない規模と内容によって、安宅コレクションの形成過程とともに、「美の求道者・安宅英一の眼」にせまります。 


◇関連講座
「茶の湯の中国陶磁 −国宝 油滴天目によせて−」
2007年12月8日(土)13:30〜15:30
講師: 赤沼多佳(三井記念美術館 参事)
聴講料: 2,000円(税込)
※定員50名(先着順・要予約)

◎巡回先
〔大阪〕大阪市立東洋陶磁美術館 終了
〔福岡〕福岡市美術館  2008年1月5日(土)〜2月17日(日)
〔金沢〕金沢21世紀美術館 2008年2月29日(金)〜3月20日(祝・木)

詳しくは・・・
三井記念美術館公式HP

※常に一流を見、聴くことを徹底。教育者としても貢献した安宅英一氏

 安宅英一氏(1901-1994)は香港に生まれ、兵庫県神戸市神戸高商(現・神戸大学経済学部)を1924年(大正13年)卒業。1925年、安宅商会(のちの安宅産業)に入社。
その後ロンドン支店長となり、1945−47年及び1955−1965年の2回会長を務めました。中国や韓国の古陶磁のコレクターとして有名です。
しかし、もともとピアノや指揮の勉強もしていた安宅氏は音楽にも造詣が深く、東京藝術大学に「安宅賞」を設け、成績優秀な音楽と美術の学生に奨励金を贈り、若手芸術家の育成に努めています。
また「常に一流のものを見、一流の人とおつきあいする」ことを信条とし、相撲の世界では双葉山、歌舞伎では六代目菊五郎、戦後は鶴之助(現五代目中村富十郎)、バレエでは谷桃子などを後援しました。
またピアニストの中村紘子に中学生の頃から本物の陶磁器に触れさせるなど、「精神的な一流を保つには一流のものを知っていなければならない」という徹底的な精神主義で多くの芸術家を育ててきました。
posted by 丸山 陶李 at 12:33 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年09月28日

嘘をつくから、ニセモノのラベルを貼られる。
ありのままなら、良いモノのままでいられるのに。

嘘を見破る事ができないから、
ホンモノと信じる人たちの手によって、
ニセモノがホンモノとして伝わってしまう。

ありのままなら、良いモノなのに。

嘘を承知で、売るのは詐欺だけれど、
騙される人が多いから、そんな商売も成り立っているのだろう。

売る人も知らずに、ホンモノと信じている場合は、
ニセモノがホンモノとして世にでてしまう。

ある古美術商に
「これは、李朝ではありませんよ」
と私が言った時、主人の顔には、明らかに狼狽する表情が見て取れた。

しかし、
「いいえ、李朝ですよ」
と、その方は反論できなかった。

知ってか知らずか、李朝でないものを李朝として売るのは信用を失くすのは当然だが、その人の鑑識眼を疑う。
当然、他の品物にも疑問符がつく事になる。
一点の嘘が、すべてに及ぶ。
眼は、この点において、命取りともなるギリギリの世界。

何を信じるのか?

結局は、自分の眼しかない。

自分の眼を信じるに足りるものにするには、
ホンモノを見続け、時には騙されながらも、
眼を養っていくしかない。

ホンモノを知れば、ニセモノは安易に見分けられるのだから。

世の中には、必要な嘘もあるけれど、
嘘を真実としようとする行為には、吐き気がする。

ありのままなら、良いモノなのにね。

私が、古物の箱書きや、能書き、作者名や肩書き、を信じない理由。

良いモノは良い。
ありのままで良い。



posted by 丸山 陶李 at 11:40 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年09月07日

傷が似合うよ

陶磁器の蒐集家、特に骨董では「傷」にこだわる人を多く見かける。
なかでも、磁器を蒐集しているコレクターは「ニュウ」「ホツ」「ワレ」「カケ」「ムシクイ」など、ルーペを持って神経質にモノをチェックする方が多い。

古伊万里や中国陶磁などは、ある意味「パーフェクト」が求められると言っても良いだろう。

私は、シンメトリーでビッチリ細密画のように絵付けされた陶磁器は、今は全く興味がないので、陶磁器を見る場合、欠点とされる「傷」などは気にならない。
むしろ、陶片のように割れて土味が見えるものは大歓迎です(笑)。

人間の美意識を語る場合、日本人の美意識には一種独特な血が流れているように思う。

それを茶人たちは「不完全の美」と言って喜んだのだろうが、世界中探しても、割れた茶碗を金継ぎして「良い景色ができた」と喜ぶ民族は日本人だけである。

桃山時代の古田織部などは、わざわざ茶碗を割って金継ぎし、景色を作ったのだから、思い切った人だと感心する。

大井戸茶碗の「須弥(しゅみ)」は、「十文字井戸」とも呼ばれているが、わざわざ扁平に開いた茶碗を十文字に割って上部の幅を縮め、碗形に整えたものであるが、古田織部の美意識に見える大胆さには驚かされる。

最近、特に思うのですが、
「李朝の陶磁器」(もちろん磁器も含めて)は、「傷」が似合う。

茶碗にしろ、花入れにしろ、皿にしろ・・・伝世品が少ない李朝の陶磁器は傷モノが多い。もちろん完品も目にすることができるが、李朝陶磁器ほど、傷が気にならない陶磁器は無いと思う。

傷をも含めて、鑑賞に堪え、なおかつ自然体で語り合うことのできる陶磁器である。

日本民藝館の白磁(軟質白磁)大壺の前で胡坐をかいて、数時間座ったまま対峙した時、
壺のゆがみが、人の手で使われてついた無数の傷が、年月を経て染み付いた貫入の染みまでもが、飽きることなく私に語ってくれた。
その存在は、静謐で寡黙でありながら、傷をも受容し時代の空気を吸い込んで、沈黙する素晴らしさを教えてくれた。

身の回りの李朝陶磁器を手に取り、ある時は薄茶を点てて使いながら、
「傷が似合うよ・・・」
と、心の中で話しかけている。

私たち人間は皆、不完全なものだからだろうか。

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※台風ニュースを英語で聴いてみる。
posted by 丸山 陶李 at 19:39 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年08月26日

魚屋茶碗「銘 かすみ」

この魚屋(ととや・斗々屋)茶碗「銘 かすみ」の画像を拡大してみて思ったこと。

この茶碗は「黄化粧」をしてから高台脇を削っている。

この茶碗を作った陶工は、黄化粧した茶碗を見て高台脇と畳付き上を一削りしようと考えたのだと思えてならない。

化粧して少し乾燥した状態で(つまり胎土が堅い状態)で削ると、この画像のように、ささくれ立つ。

ささくれの上の部分をよく見ると黄化粧された色がわかるし、削られて出てきた胎土の茶色が見える。

そして黄化粧だけでなく、生掛けで釉薬も掛けてしまってから、この高台脇を削っていると思える。

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何にでも通じる事だろうけど、発想の転換は思考を柔軟にしてくれるが、李朝の陶工の美意識と大胆さ、そして発想の柔軟さには感服!

私が、こう考えたのは、昨年、黄化粧土を調合し、それを赤土に掛け、その上に、長石釉を掛けて焼成したものが、斗々屋の発色をしているからだ。
参考までに、陶李塾の塾生さんも、黄化粧土を掛けてテストピースを作成しているので、その画像を添付してみます。画像の左は白化粧、そして右が黄化粧です。

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私の黄化粧土の調合を公開すると、
・カオリン 2000グラム
・黄土 550グラム
・ガイロメ 300グラム
・水5g
もう少し、黄土の配合率を増やしても良いかもしれないです。
posted by 丸山 陶李 at 02:43 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年07月27日

マンゴスチン考

茶道で珍重されてきた安南染付の香合の形
今日、美味しく頂いたマンゴスチン
そこでマンゴスチン考!

安南染付はベトナムの陶器で、絞り手の香合は特に珍重され、喜ばれて伝世されたものがあります。

日本では、柿の形に似ているところから、柿香合と呼ばれることも多いけれど、これはマンゴスチンだ!と思いました。

日本に輸入されているマンゴスチンは、ほとんどがタイ産。
タイといえば、宋胡録の陶器ですが、宋胡録にもマンゴスチンをかたどった香合のような蓋モノがあるかもしれないですね。ワクワクします。

こう書いたら有ったんです!(笑)
宋胡録のマンゴスチンの香合が!

マンゴスチンと安南染付の柿香合が、私の中で結びつき、宋胡録のマンゴスチン香合とも出会って、
なんだか嬉しい気持ちになりました。

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安南染付柿香合
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宋胡録柿香合 紛れもなくマンゴスチン!!
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大好きなライチが季節を過ぎて、果物屋さんの店頭から姿を消してしまい淋しいけれど、マンゴスチンも美味!
posted by 丸山 陶李 at 23:27 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年07月21日

中国・朝鮮陶磁と白磁展

幼い頃、渋谷の南平台に祖父の家があり、
しばらく同居していたので、渋谷は育った町。思い出が一杯。

仕舞を習っていた頃、表参道に通い、
能を鑑賞したのは松涛の観世能楽堂でした。
久しぶりに訪問し、懐かしさがいっぱい。
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今日は、観世能楽堂と隣合わせのように存在するのに、
一度も足を運んだ事がなかった戸栗美術館へ。

戸栗美術館開館20周年記念の戸栗美術館名品展U−中国・朝鮮陶磁−を拝見させていただきました。
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中国・前漢時代(B.C.3〜1世紀)に、瓦胎漆衣という技法で、陶胎に黒漆を塗ったものがあり、陶漆は古くから在ったのだなぁ、と感慨深かった。

高麗・李朝の陶磁器をじっくり拝見。

中国と朝鮮の陶磁を、国別・年代別に展示してあり、順路に沿って陶磁器の変遷を感じ取ることができ、また、陶磁器の裏側や底など、なかなか展示では見せてもらえないのだが、鏡を置いて皿の高台を写しだすなど、展示にも工夫が見られ、満足でした。
国立某美術館も、陶磁器の底や高台を見せてくれるようにして欲しい(笑)。なんといっても土味がわかるのは、釉薬が掛かっていない底や高台ですから、見えないと私などにはストレスになります(笑)。

次に、すぐ近くの東急本店で昨日から始まっている、
田崎宏さんの白磁展へ。

磁器は完成度が高く感じる。
どの作品も欲しくなる(笑)。
昔は、染付や赤絵、金彩など器に装飾が施された磁器に惹かれたこともあったけれど、今は形そのものだけで語りかけてくれる色彩が乗せられていない陶磁器が好きだ。

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こちらが、じっと見惚れてしまった白磁壷。

作品展示の様子。
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田崎宏 作陶展は、来週の25日(水)まで。

閉廊後、田崎さんと居酒屋へ。
そこに、お友達のけんちゃんも駆けつけ、しばし歓談。
仕事の話もでき、磁器制作について教えていただいて、
けんちゃん企画で、磁器制作を体験させていただく日も持てそうで楽しみ♪




posted by 丸山 陶李 at 02:14 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2006年07月25日

三島

久しぶりに「三島」の作品を制作中。
今回は、土を濃い色に調整し、白い化粧土との対比がハッキリとした三島を発表したいと考えています。

これから印花に白泥を象嵌するところですが・・・

三島十字紋鉢
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三島芋頭水指
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こちらは、白泥の象嵌が済んだもの
三島細水指一番奥
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彫三島茶碗
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刷毛三島輪花皿
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白泥を掛け飛ばした大皿
轆轤成形時は40cmありましたが、焼成したらかなり縮みます。
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連日の雨で、作品がなかなか乾燥してくれません。
粉引の作品も、白泥を吸って、こんな具合につぶれてしまいます。
この一週間で、粉引の茶碗を10個近く、駄目にしました。
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黄瀬戸にする予定の大皿
「三位一体」の字を入れてあります。
他は、ラテン語のAve Mariaなどを入れました。
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庭には、札幌より一ヶ月早く、カサブランカが咲いています。
カサブランカの下には、大好きなブルーの花・アメリカンブルーです♪

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2006年06月21日

宋胡禄

宋胡禄(スンコロク)とは・・・

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宋胡禄(すんころく)とはタイのスコータイ県、サワンカローク周辺で作られる陶器に対して言われる。「宋胡禄」の語自体は産地である「サワンカローク」の音訳である。元々は、素焼きの器に、白化粧をし多少の飾り絵を描いたものを言ったが、後に意味は拡大されタイで産出される焼き物すべてを指すようになった。歴史は、13世紀頃にラームカムヘーン大王が中国から陶工を呼び寄せ生産に成功した。14世紀〜15世紀頃には輸出ように頻繁に作られ、中国人の商人によって日本へ持ち込まれた。日本では茶器としてつかわれ、茶道が普及し始めた戦国時代から注目を集めて、江戸時代には茶人に広くもてはやされた。

ベトナムの安南焼とともに、茶人から愛されてきたタイの陶器です。

今日は、先日収穫した梅の実を「梅の甘酢漬け」したものが食べ頃を迎えているので、手土産に持参し、東京の教会までドライブ。

教会の入口で、私の目に飛び込んできたのは愛らしい陶器の双耳小壷。
モミ灰系の灰釉が生掛けされ焼成されたもの。

お話をしているうちに、タイの陶器を三点拝見させていただいた。
いずれも訪問された現地で購入された古陶の宋胡禄。

入り口の、モミ灰系の双耳小壷。
褐釉と、ワラ灰釉の二色を大変面白く掛け分けてある「朝鮮唐津」を
連想されるような双耳壷。
そして、李朝の鶏龍山系の鉄絵陶器を連想させるような白釉が施釉された花瓶。の三点です。

私が、目を輝かせて見ていたのか・・・(汗)。
その中の花瓶を一つプレゼントしていただきました。

良いモノを見せていただいただけでも、勉強になるし
ありがたかったのに、貴重な思い出の陶器を頂戴してしまったのです。
感激・・・。

東南アジアの陶器を紹介しているある古美術商の方の言葉が、
今日、拝見させていただいた「宋胡禄」の魅力を余すところなく伝えていると思いますので、引用し紹介させていただきます。

『一見地味な焼き物に見えますが、
 それぞれに古きものの奥深さ、重みを
 手の肌で素直に感じとれるものばかりです。

 今の世の中、人も物もやたらけばけばしく飾り付け、
 外見でしか見られないような気がします。
 心と心、心と物の結びつきはもっと純朴であっていいと思います。
 私はそんな純朴さのある人々と出会い、物とも出会いました。
 気にいった古陶にめぐり合い、手に触れじーと眺めていると、
 昔の人々のやさしさや、
 たくましさが伝わってくる感激はたまりません。』

今日、プレゼントしていただいた「宋胡禄」の花瓶。
15〜16世紀のものです。

中国の陶工たちを呼んで王が作らせたというだけに、
中国陶器(特に磁州窯)、そして李朝の銹絵(さびえ・・鉄絵付けのもの)に
つながっていると感じるのは、私だけではないでしょう♪

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posted by 丸山 陶李 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2006年06月16日

奥高麗茶碗

先日、細川護煕展で拝見させていただいた
「奥高麗茶碗」が、心に残っていて、
ついに制作に挑戦してみました。

「奥高麗茶碗」というと、「高麗茶碗」と混同されがちですが
李朝の陶工が、唐津で作ったものです。

私が追究している「井戸茶碗」と非常に良く似たところを持っているのですが
形も、釉掛けも、もちろん土も違います。

ただ、非常に「井戸茶碗」に近いと思われるのは、その釉薬です。
茶碗の形状・土・釉掛け箇所・焼成雰囲気、を変えれば
井戸茶碗と奥高麗茶碗は、同じ釉薬で良いかもしれないな、と
作り手として考えました。

「井戸茶碗一考察」で当初、私は「井戸茶碗は李朝のサバル(雑器)」と
捉えて、考察していました。
その後、勉強する過程で、「井戸茶碗」はサバルではないんじゃないかな。
と、考えるようになりました。

ところが、「奥高麗茶碗」は、唐津焼(古唐津)ですが、
唐津焼は、当初から茶道具としてよりも、庶民の雑器として
その歴史を刻んできたことからも、この茶碗については、「サバル」
からの転用と考えた方が、しっくりしますが・・・。

この「奥高麗茶碗」は、非常に数が少なく、庶民用の雑器であれば、
もっとたくさん残っていても良いように思うのですが、
それほど多く残っていないのです。
古陶磁学者でもある、出川直樹氏によれば、
「渡来人たちが、仲間うちで自分達用に作ったものが奥高麗の本来だったのではと思える。」と言っています。

また、高麗茶碗の中に「熊川茶碗(こもがいちゃわん)」がありますが、
その碗形の形状は、奥高麗茶碗とよく似ているため、
奥高麗茶碗は、「高麗写しではないか?」という説もあるのですが、
「熊川茶碗」の約束でもある、見込みの「鏡」を写した物は、「奥高麗」にはないそうです。

他にも、いろいろな研究がありますが、割愛します。

「奥高麗茶碗」が。
茶陶として生まれたものであっても、サバルとして登場したものであっても、
奥高麗のもつ品格は、日本で作られたあらゆる茶碗の中でも
最も格の高いものとされ、「井戸茶碗」と並ぶものとされているのも
肯けるほど、良い佇まいを見せてくれます。

李朝の陶工の作であることは、高麗茶碗と同じですが、
「唐津」焼ということで、私が唐津の茶碗に挑戦するのは初となります。
今日挽いた初挑戦の「奥高麗茶碗」の一つです。

明日、削りをいれて高台を仕上げます。

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posted by 丸山 陶李 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗・李朝