2011年10月14日

志野ぐい呑

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2011年9月 窯出し
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2011年10月13日

カラスウリ

ある日、夕暮れ時の散歩道。
森の鎮守の一角に蔓性の植物がからんでいるのを見た。

夕暮れの中で、パッと目を惹く白い花。
切り刻まれたような複雑な花びら。
「美しいな」と思った。

足を止めて、これは何という名の花なんだろう?
と、白い花を見つめていた。

秋の気配が深まり、森の鎮守の一角に、
燃えるような朱の実を一つ見つけた。

カラスウリだ。

ああ、あの白い花はカラスウリの花だったんだ。
あの白い花が朱の実をつけるなんて想像できなかった。

9月に窯出しした志野は無地の白志野にこだわっていた。
そこにカラスウリの朱が一筋射してくれたら・・・。

白いカラスウリの花を見てから数年、
今年、我が家の庭にある梅の木に、ポッと朱がさしているのを見つけた。
一粒だけの朱の実。

庭に降りて、側に寄ると、すでに枯れかけたカラスウリの蔓が目にはいった。
枯れかけた蔓に朱のカラスウリが一粒。
この花がここに咲いていたのを見逃したのが惜しかった。

実の朱はパッと目につくが、おそらく白い花一輪は、そっと夕暮れに咲いていたのだろう。

結実したカラスウリを白志野にアレンジした。
今年の秋の思い出に。

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2011年09月27日

志野に御本

志野に御本がでてしまいました。
この一碗だけですが、胎土がもぐさ土ではないのと、化粧泥をうっすら掛け、
その上に志野釉を掛けたからでしょうか。

高麗茶碗+志野茶碗÷2
ハーフですね(笑)

最高温度は1280℃まで昇温してしまったのですが、
徐冷によって御本がでたのですね。
1200℃を超えると御本は消えると体が覚えていたのですが、異なる結果がでてきました。

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志野をガス窯で焚きながら、灯油窯の窯詰めをして一日が終わりました。
土作りが秋にずれ込んでしまったので、この後も、ガテン系!の作業は続きます。


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2011年09月22日

原料屋の神様

「私にとって 7月21日は とても大切な日である。
私が こうして陶芸家として 生きていられるのは、本当に多くの人の支えがあったからである。
誰か 一人欠けても、今の私は ないだろう。
そんな中 私に最も 力を与えてくれたのが、熊谷忠雄。
この人の命日が 今日である。」

小川哲央さんのブログから、引用させていただきました。

この文章を発見して私は胸にこみ上げるものがあった。
小川さんとは一度、お電話でお話させていただいているが、
熊谷陶料を創設なさった熊谷忠雄氏が最後にすべてを託していった人だった。

私は仕事柄、直感だけはかなり働くことを自分で認識している。
小川さんの文章に、「心」の真実なる思いを感じた。

生前、熊谷氏とお目にかかった際、
「わしは、誰(作家)がうちのこの原料を使っとる、と言うのは大嫌いなんじゃ。」
と仰っていた。明治の人の気骨を感じた。

一筋に歩んだ方だからこそ、作家との信頼関係ということを大切にしている方なんだ。
その時、私はそう直感した。

多くの商売人が、「これを使ってあの作品を●●さん(作家名)は作っている。」
というように宣伝に使う方法を見かけるが、私には、耳に心地良くない。

最近、WEB上でたまたま読んでしまったのだが、
熊谷さんの大切になさっていたポリシー、
いわば作家との信頼関係を無視し、作家の悪口・批判等を自分が神様にでもなったかのように
裁き口調で吹聴している人がいるようだ。

つきつめていけば、熊谷さんも大した人ではなかったと言わんばかり、
自己愛天狗の権化である。

胸糞悪いとはこのことだ。

尊敬して、お付き合いし、ご示唆をいただいた方だったからこそ、
少しでも、熊谷氏を軽く言う人には
「あなたはだから何者だって言いたいわけ?」と腹の底で、感じてしまう。
私にとっても原料屋の神様だった。

熊谷氏だって商売だったよ、と言われればそうかもしれないし、否定するほど氏のことを知っているわけでもない。ただ、自身の実体験と直感により、

熊谷氏は、作家の影の立役者となり、自分の業績として有名作家の作品を誇ることは決してなかった。
同様に、「この土は●●がロクロでは挽けなかったんだ」などと作家をこき下ろすようなことも決して仰らなかった。尊敬していた理由の一つでもある。

私は、小川哲央さんが、今年7月21日に綴った文章と出会って、
はっきりと、そのことを再度直感した。
「口で身を滅ぼす」ことを肝に銘じることは、商売人としての心得でもあるし
また、どの人にとっても人間同士の信頼関係を構築できる人かどうかを推し量る一つの天秤ともなろう。

熊谷氏が亡くなってから、ある方からお手紙が届いた。
こう書かれていた。
「いつまでも社長(故・熊谷さん)の愛した陶芸家のための熊谷陶料であります様に
 社長が見守ってくれる事を信じて!!」


恩人のひとり、熊谷忠雄さんのご冥福を祈ると共に、
どうぞ、この手紙にしたためられた当初の思いが、叶いますように。

先日、焼成した志野茶碗や志野ぐい呑は、熊谷さん自身が私に教えてくださった、
その焼成パターンで焼いたものだが、
頂いた資料に残る熊谷さんの筆の跡を追いつつ、
教えていただいたことを、実験できる環境になった今、あらためて志野という焼き物に
私の陶芸の原点を感じている。


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台風一過。真っ暗闇に輝く、隣町と航空機の光。

我が家の一帯は6時間も停電した。
夜にこのように長い停電を経験したのは、これが初めてかもしれない。
停電すれば、水も出ない。
窓辺から、暗闇の夜空を眺めて、成田空港へ着陸しようとしている航空機が何度も旋回しなおし、
地上へ着陸する許可を管制塔から指示待ちしている様子を見ていた。
停電だからこそ、いつもと違う光景が目にはいったのだろう。

航空機の放つ、赤と緑の光。
5分ごとに世界中から航空機が成田空港に発着する。
台風の地上の状況を受けて、空を何度も旋回している航空機と管制塔のやりとりが実に見事だと思った。

そうしている内に、震度4の地震が茨城県沖で起きた。
台風・停電・大きな揺れが重なった一日だった。

明日は、暑さが戻ってくるらしい。
窯焚きも、今月中にもう一度する予定で、忙しない。
脳裏をかけ廻る今日の様々な思いも、晴れ晴れと清々しく浄化されるのは
いつのことだろう。

posted by 丸山 陶李 at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野

2011年09月17日

志野茶碗と志野ぐい呑

オンラインショップ"Gallery 陶李"のリニューアルには、
多くのアクセスをいただき有難うございました。
お買い上げいただいた皆様の、お手元に届いた作品の感想を拝読し、とても嬉しく思いました。
その中からブログで紹介していただいているので、リンクさせていただきました。
鬼粉引き湯呑

長い間、私を育ててくださった皆様に、さらに良い作品をお届けしたいと、「土作り」に励んでおります。

その間にも、テスト焼成は数回行っていますが、オンラインショップで、まもなく紹介して参ります
海外の陶芸家のページ作りや連絡などで、パソコンに向かう時間も多くなるにつれて、
回復した右手の筋が少し痛み始めています。体と相談しながらマイペースで進めているところです。

ブログもリニューアルいたしました。デザインだけですけれど。
サブタイトル「夢は枯野を」と致しました。
李朝・高麗・志野と取り組みながら、
おそらく一生満足しきることはないだろうと、そういう思いをいだいております。
ふと、脳裏に浮かんできたのが、芭蕉の一句「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」でした。

かつて、大学時代に読みあさった立原正秋さんの著書にも「夢は枯野を」というタイトルがありました。
追求していくことは、広がりを増して、深みを増していくようでありながら、
螺旋のように一つの処に向かっているようなところがあります。
私の道で出会うもの、すべてが糧となり、収斂されていくのでしょう。
漠然とではありますが、何かそのようなものを感じています。


それでは、8月26日に窯出しした志野の作品を紹介させていただきます。
久しぶりに志野を焼きました。

志野茶碗
志野茶碗

志野茶碗高台

志野ぐい呑
志野ぐい呑

ああ、今日は亡き母の誕生日であり、帰天日でもあります。
思えば、月の美しい時に、生まれ、そして天に召されていった母です。




posted by 丸山 陶李 at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野

2011年04月23日

鼠志野茶碗

先ほど、窯出ししました。

大震災・津波・原発、と被災された皆様、今、再起に向けて頑張っている皆様、この先への不安で立ち止まっている皆様、それぞれに、特別な思いと祈りを込めて、ご復活のお祝いを申し上げます。
窯焚き中に比較的大きめの地震が二回あり、ヒヤッとしました。
棚はしっかり組んだつもりでも、揺れ方によっては・・・と考えてしまい、心臓に良くないですね(笑)。

鼠志野の茶碗、ぐい呑を中心に窯詰めしました。

まだ窯出ししたばかりの「鼠志野茶碗」ほかほかです。
ご復活徹夜祭の朝に窯出しした、鼠志野十字紋茶碗。
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こちらは、鼠志野ぐい呑三点
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このぐい呑には、オレンジ色の丸い斑点(画像中央右側)がでていて、日の丸のように見えました。
「頑張れ!日本」と、ぐい呑が言っているように思えて、銘を「日の本」としました。

posted by 丸山 陶李 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野

2011年04月08日

鼠志野、リベンジ。

昨晩、23時32分。震度6の地震が再び。
窯の火を止めて、12時間経過していたが、まだ温度計は700℃を示している。
この揺れで、棚板が崩れていたら・・・不安が過る。
眠れない夜を過ごし、朝7時。まだ500℃の窯を開け、そっと窯内を覗き込んだ。
「崩れていない!」
今月末に「聞慶国際茶碗フェスティバル」に招待されており、出品する予定だが、急遽、その会期中に「東日本大震災チャリティ・オークション」を世界各国から集まる陶芸家が作品を提供して行うことになった。私が被災国の日本から渡韓することで「申し訳ないが、10点、オークション用にも用意して欲しい」と連絡が来ている。

カタログに掲載する私の作品は、「大井戸茶碗」だが、チャリティ・オークション用に日本の「鼠志野」の茶碗を持って行こうと考え、制作した。
その「鼠志野」の茶碗が、今回の窯に入っていたのだ。

地震による棚板の崩れはなく、ホッとしたのもつかの間、
先ほど、窯出ししてみたら、素焼きせずに生掛けしたため、下塗りした鬼板と志野の釉薬が剥がれている部分が目立った。鬼板は素焼きしておかないと、こんなことが起こるのは経験済みだったが、今回は時間が迫っており、生掛けにしてしまった。
生掛にする時は、素焼きの陶器に釉薬を掛ける際よりも、釉薬の濃度を少し濃いめにする。
しかし、今回は釉薬の濃度も濃すぎた。うっすらと掛かった志野釉の風合いにしたかったのに。

あと二週間で渡韓だが、なんとか一からリベンジで、鼠志野の作品をチャリティ・オークションに提供できれば・・・と考えている。
今日、窯出しした「鼠志野茶碗」
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posted by 丸山 陶李 at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野

2011年01月10日

鼠志野飯碗

1月8日のブログに「ご飯茶碗」は作っていない、自分用にはハネた茶碗を使っている。
と、書いてから、

「あ!一碗だけ、ご飯茶碗を販売している。」と思い出した(笑)。

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丸善芸術祭に、ご来廊いただいた方に
この「鼠志野飯碗」は嫁いでいったのでした。
おととしご注文を頂き、昨年の3月に納品した「鼠志野フリーカップ」を制作した際に、
少しばかり轆轤に余った土があり、飯碗を一つだけ挽いたものです。

posted by 丸山 陶李 at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野

2009年09月22日

織部・志野の心

先週いきなり発熱し38℃を超える熱で苦しみましたが、処方していただいた薬で落ち着いていたため、回復かと思いきや・・・
徹夜の窯焚きの後、爆睡から目覚めてから再び発熱。昨日・今日とまた寝込みました。

それでも大汗かきながら、生徒作品を窯出しした私って自虐はいってますか(笑)。

今回の生徒たちへの課題は「下絵付け」でした。
弁柄による下絵付けで、織部や志野の作品を作ってみようという試みです。

通常、李朝の焼き物を主流としている私ですが、志野は陶芸家になりたいと思わされたルーツの焼き物です。焼成は李朝の焼き物と志野とでは全く違うので別窯で焼く事になります。

今回の窯焚きは生徒作品のみでしたので、私の作品はありませんが、窯出ししながら、日本独特の焼き物である織部や志野は、私にとってやはり捨てきれない魅力ある焼き物の心と美意識に訴えるものをもっていると感じました。

赤い土に緑の釉、そして黒い下絵。この三色がかもし出す織部の魅力はデザイナーとしての古田織部の斬新さを感じます。
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うっすらと浮かび上がる志野のなかの下絵。これもピカピカクッキリした色絵とは違い、一味押さえ気味の表現の中に、日本の情緒を感じます。
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こちらは、生徒たちが自作調合した「斑唐津」の作品です。
下絵付けはありませんが、釉薬の調合は上出来です。
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posted by 丸山 陶李 at 20:48| 志野・鼠志野

2006年09月13日

志野

個展前の最後の窯出し。
これで、もう悪あがきは終りです(笑)。
これから、いよいよタイトルカードを用意したり、
搬入の準備に入ります。

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他の作品は、個展会場で是非ご覧ください♪
徹夜が続いたので、こんな時間ですが、これから寝ます(笑)。
posted by 丸山 陶李 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野