2013年06月26日

乃東枯

「乃東枯」
なつかれくさかるる

夏枯草(かこそう)は、毎年冬至の頃(十二月)に芽を出し、夏至の頃に枯れます。これから真夏にかけて、野山ではいっそう木々の緑が深まり、色鮮やかな夏の花も開花しようという時期に、ひっそりと枯れていくめずらしい花に心を寄せた、古人の自然へのまなざしを感じさせる言葉。

庭の夏枯草(かこそう)は、枯れています。ドクダミを焼き締め縄文土笛にアレンジ。花言葉は、「白い追憶」「野生」

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2011年10月07日

秋の華

黒高麗とムクゲ
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粉引鶴首花入とムクゲ・紫式部
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絵粉引と金木犀
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鼠志野八角鉢(水桶)も花に占領されてロクロは休業
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posted by 丸山 陶李 at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) |

2010年03月19日

ローズマリーの気高い香り

わたしたちは神のおられる天国を、いつも待ち望んでいます。しかし同時に、今このときに神と共にいる幸せにも招かれています。この「今このときに神と共にいる幸せ」とは、神が愛するように愛し、神が助けるように助け、神が与えるように与え、神が仕えるように仕え、神が救うように救うことなのです。- マザー・テレサ -

陶房入り口のローズマリー
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マザー・テレサの言葉を黙想しながら今日一日を振り返る。
人間とは、どのような状態であっても、貴い、尊い人格を持っていることを実感している。

「今この時に神と共にいる幸せにも招かれている」ことを心に刻んだ一日だった。

陶房の入り口には、香り高いローズマリーの花が咲き始め、青い愛らしい姿を見せてくれている。ドライフラワー(ドライツリー?)にして、香木としても使い、ローズマリーの香りから沈静なひと時をいただいている。

この気高い薫りに、ふとマザー・テレサの「今この時に神とともにいる幸せ」という上記の言葉と、人間はどんな状態であれ「人格」は失われることなく気高いものとして煌いている事を考え、感じた。

…そして人間は「美しい」存在だと、しみじみしている。人間の心から出るものこそが汚れとなるのだろうが、すべては美しい。人間は美しくあれ、良きものであれ、善きものであり喜ばしい存在であれ、として祝福されているのだ。この花を見、この香りが漂う中で、マザー・テレサの言葉が一層、沁みいってくる。今日「あなた」と共に在れた喜び。「あなた」は、「あなた」であり「あなた」でもある。
posted by 丸山 陶李 at 22:56|

2010年03月05日

「砂漠に花を咲かしめなんと…」

「砂漠に花を咲かしめなんと…」母校、恵泉女学園の校歌。恵泉の校歌は勇ましい。歌詞も曲も、美しくたくましい。今日、下重暁子さんの著書を読んでいたら、「春来てごらん、砂漠に花が咲くよ」という、ベドウィン族の言葉が紹介されていた。砂漠に花が咲く!読みながら想像して舞い上がった。

「シリアやヨルダンの砂漠では、冬少量の雨が降るので春草花が育つ。小さな白、ピンク、紫、黄などの淡い花が一面に咲いてその美しいこと。雲雀に似た鳥も空高くで鳴いている。」ベドウィン族に「春来てごらん、砂漠に花が咲くよ」と言われたわけがよくわかった。と下重さんは綴っていた。なるほど!

地球に海ができるのには三千年もの間、雨が降り続いたから。海の塩加減は昔も今も同じだという。海には地球の元素が皆含まれている。海があるから雨が降る。海がすべてのものの母と言われる所以。羊水は海と同じ成分。砂漠に花が咲くことを、頭で否定し鼻で笑うのは、想像力以外の問題だった…。

庭の白梅の良い香りを閉じ込めたくて、陶房に一折。粉引一輪挿に(陶李作)
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物原に割捨てた井戸茶碗の陶片を拾い上げると、雨漏りが出たり、苔がニュウに入り込んだり、骨董好きにはたまらない育ち方をしている。陶片収集癖があるので、物原で育っている陶片を見ていると時間が瞬く間に過ぎて行く。陶片で小道具も面白い。

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posted by 丸山 陶李 at 23:07|

2010年02月10日

ロケット

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ロケットの花、窓辺で咲いていた。
気がつかなかった。
十字架の白い花。

良いことも、あまりよろしくないことも、いつも、あの方が見ていてくれ、私が忘れても、忘れずにいてくれるので、ことさら弁明する必要も感じない。ありのまま、全てをご存知の方がいる。人が見ていない行いも、すべて見ていてくれるから。心の動きさえも。どれだけ愛を込めたかも言う必要もない。

Benediction(祝福)。神が「良い」と仰った恵みに与ること。反対は、Malediction(呪い)。人の悪口を言うのは「呪いの技」をなしている(笑)。自分の口、自分の耳。自分の口が放った言葉をまず受け取るのは自分なのだから、良い言葉を放つよう心がけたいものだ。と、思う。
posted by 丸山 陶李 at 20:01|

2010年02月04日

たんぽぽ



歌う陶芸家、丸山陶李がヘタクソな歌とギターで「たんぽぽ」を歌っております。写真は、雪の窯小屋や庭の花々です。耳の良い方は 、聴かない方が良いです。
posted by 丸山 陶李 at 21:46|

2009年09月20日

桃栗三年・・・

臨済宗の「桃栗3年、柿8年、梅はスイスイ13年、梨はゆるゆる15年、柚(ゆず)の大バカ18年、ミカンのマヌケは20年」は、本当の意味は人生一つのことをやり遂げるのに努力をした人は、3年、努力を怠った人は20年かかるといい、努力することが大切だと教えています。

取手市に移転して、三年前に庭に植えた苗木のうち、
今年、佐藤錦(サクランボ)が実をつけてくれました、
お茶の葉も、まぁるい実がなりました。今は花盛り。
実に良い花です。

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アケビは毎年、実をつけてくれています。三年かかりませんでした。ムベも実をつけてくれます。
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イチジクも今年はじめて一時に複数収穫できるほど実ってくれました。イチジクは、大好物のコンポートにして、冷やしていただいています。今も、窯焚き(生徒作品のみ)しながら、朝、収穫したイチジクを煮込んでいます。

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そして・・・植えて三年目の栗が収穫できました。品種は「つくば」というモノですが、実が大きくて甘いです。栗は煮て食べますが、ある日ガスを止めるのを忘れて(汗)栗の実がお鍋の中ではじけて「パーン!!」と音が聞こえました。慌ててガスを止めたのですが、怪我の功名と言うのか、焼き栗となった実が美味しく甘かった事が病みつきとなり、今日も収穫した栗を煮てからお鍋のなかでカラカラと転がして焼き栗っぽく仕上げました。皮がはじけてきた頃にガスをとめます。美味しいですよ。

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窯焚き中に、もう一仕事(笑)。
38度以上の熱が続いて病院へ駆け込んだのですが、インフルエンザ検査は陰性でした。翌朝もう一度近所の病院で検査してもらいましたが、やはり陰性。薬で熱を下げて、昨日は頑張って生徒の釉がけにカルチャーセンターにも行きました。今日は、窯詰めをして午後火を入れました。たまにフラッっとするのですが、熱が下がって動きやすくなったので、動き回っています。

熱のある時、ネーブルオレンジがとても美味しくて、おかゆとオレンジで乗り越えた発熱でしたが、そのオレンジの皮を煮込んで、オレンジピールも作りました。天日乾ししているオレンジピールです。窯小屋に脚を運びながら、天日乾ししているオレンジピールをパクリ!とつまみ食いするのですが、元気がでる美味しさです。(笑)。

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イチジクや栗を収穫して「本当に桃栗三年だ!」と思いました。
何事も実りを迎えるには、相応しい時間がかかるものですね。


posted by 丸山 陶李 at 16:05|

2009年09月15日

トチの実

織部焼きは、青緑の陶器。
あの青緑の発色は、酸化銅(CuO)を釉薬の呈色剤として数%用い酸化焼成(純粋ではないけれど。還元焼成も通り抜けると見た方が良いと思われる。純粋な酸化焼成ができるのは電気窯だけである。)時に得られるものです。

私は、自作釉薬で織部釉を調合しましたが、現在は作品には使用していません。ただ、生徒さんには一度は織部という焼き物を体験させてあげたいと思い、生徒作品は織部釉を用いることがあります。

さて、この織部釉。私の窯は登り窯と焼成雰囲気が似ており、なおかつ意図的に還元雰囲気での焼成帯を通る焼き方をするので、窯内の置き場所によっては、酸化と還元の両方の発色を炎がかもし出してくれる場合があります。

時に、「片身替り」という窯変(ようへん)が青緑と辰砂(赤色〜ピンク色)となって残り、酸化銅を使った釉薬は焼成により大変雅味のある作品となって窯出しされることがあります。

以前にブログで、紹介した生徒の花入れも、焼成により見事な片身替りとなったものです。

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さて、この織部焼きですが・・・
焼成すると、酸化銅により「金属黒」と呼ばれる一種の皮膜がでます。酸に浸して、この「金属黒」と言われる皮膜をとる場合が多いのですが、昔から伝わる方法として、「トチ渋」に織部焼きの陶器を浸して皮膜をとる事が知られています。

しかし、現在このトチ渋を手に入れる、自分で作る環境はなかなかありませんので、多くは「酢」やらサンポール(トイレ掃除用・笑)など工夫されて、皮膜を取り除いているようです。

さて現在通勤している研究所には、私には珍しい植物でもあるトチの木がたくさん植えてあり、道すがら大きな可愛らしい実が落ちているのをやり過ごしていましたが、

今日、トチの実の殻を拾わせていただき持ち帰りました。

生徒思いの私のことですから、もちろん、生徒たちの織部焼きに、自作のトチ渋を使わせてあげたい、という親心です(笑)。

次回の教室では釉がけをしますが、焼成後の織部の作品に利用できるよう、明日はトチ渋作りです。

こちらが、トチの実の殻。

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posted by 丸山 陶李 at 22:12|

2008年03月26日

2008年桜〜Part1〜

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いつもの時間、いつものランチタイム・・・。
会社のすぐ後ろにある公園の桜が満開なのを発見。

いよいよ2008年桜の季節。
今年は、どんな桜の思い出が出来るかな。

桜を見ることができて、しあわせ。
「ありがとう!」

とシャッターを切りました。

取手は、まだ蕾だよ。
やはり、取手の方が少し気温は低いんだなぁ。

庭の佐藤錦は、少し咲き始めました。
ナポレオンは、まだ蕾。
posted by 丸山 陶李 at 21:20 | TrackBack(0) |

2007年08月12日

野葡萄結実

早朝、父と一緒に犬の散歩。
いつもの道で、野葡萄が今年も結実しました。
私のブログ・タイトル画像は昨年撮影した野葡萄です。
(と書いておきながら、夜、ウェブデザイナーに今年の野葡萄の写真を用いた画像で、タイトル画像を制作していただき、アップしました。)

今年は、自作の茶碗にアレンジしてみました。

斑唐津茶碗と野葡萄
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彫三島茶碗と野葡萄

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残暑お見舞い申し上げます。
posted by 丸山 陶李 at 11:46 | TrackBack(0) |