2011年11月04日

井戸盃六景

2011年の試行錯誤の中から「井戸ぐい呑み」を6点。
土が良いので、梅華皮も良い光景になっているが・・・。


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リークテストには不合格。
よって販売に至らずです。

焼成の甘さで漏れるのではなく、原土の荒さによるものなので、
予想・工夫はしていたものの、重湯で煮込んだりしなければ、水のものには使えない。
土一つ変えれば、釉薬との相性から始まり、土の特性をどこまで引き出して作品にするか、
いたちごっこのように、次から次へとテストが続いた一年でもありました。

今年の夏が終わるころから、土作りをはじめて準備している原土があるので、
これからは、この土で井戸茶碗を極めていきたいものだと考えています。

我が陶房は、原土を土練機にかけたものが、山積みとなり、足の踏み場も数少なくなり、
陶李塾を希望されている方々には、申し訳ないのですが、しばらく陶房でのレッスンは
行えそうにありません。それでも、という方は、柏の読売日本テレビ文化センター「癒しの陶芸」にお申込みいただければ幸いです。(月二回の陶芸講座です。)

寒くなったり、暖かい一日だったり、体調を崩しやすい季節です。
皆様、お健やかでありますように!



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2011年10月06日

井戸茶碗

100碗の窯出し後、写真を撮影していますが、
これだけの数は半分以上は未発表で物原行きとする予定でも、
なかなか整理がつきません。

窯出しした井戸茶碗をアットランダムに紹介します。

井戸茶碗

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井戸ぐい呑

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2011年10月04日

十字架が現れた大井戸茶碗「聖寵」

丸山陶李が初めて公開する大井戸茶碗 銘 「聖寵」です。
窯焚きでは、攻め焚きの際に「薪」を用いて焼成しました。
窯出し後、茶碗の正面に「十字架」が釉弛れで現れているのを見て、
やはり私の作品は「神様との共同制作だ」との感慨を新たにいたしました。

「ナザレのイエス」の銘にしようかと考えたのですが、
十字架を現してくださった神の技を思い「聖寵」といたしました。

今日は、アシジの聖フランシスコ帰天祭です。
聖フランシスコは、十字架を「T(タウ)」で表しました。
大井戸茶碗「聖寵」に現れた十字架も「T(タウ)」のようにも見えます。
私も在世フランシスコ会で誓約をたててから、何十年経ったでしょう。
聖フランシスコの帰天祭を迎える夜は、月を眺めるのが習慣になってしまいました。
今夜の月を眺めて祈りながら、そっとこの茶碗を奉献したいと思います。

オンラインショップ"Gallery 陶李"で紹介させていただきました。

2011年10月1日 窯出し
口径 15-15.5cm
高さ 8.5cm
高台径 5.5cm
重さ 375g

正面
大井戸茶碗「聖寵」

正面伏せた状態
大井戸茶碗「聖寵」

高台と梅華皮(カイラギ)
大井戸茶碗「聖寵」

高台
大井戸茶碗「聖寵」

見込み
大井戸茶碗「聖寵」

※拡大画像は、各画像をクリックすると表示されます(別ウィンドウ)。

水にくぐらせると、パアーッと水を吸い込んで、
水を吸った部分から雨漏り状態になり、
全体が枇杷色に変わっていきます。
以下の画像は、水をくぐらせた画像です。

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手馴れして育つのが楽しみです。
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2011年10月03日

古井戸茶碗

古井戸茶碗
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古井戸茶碗/高台
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SK8で焼成、もっと焼き抜いても良かったかもしれない。
釉薬をSK8に調整したが、結果をみていると灰を少し増量するか、
SK7の焼成域に合わせるか、
次回の課題。


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2011年10月02日

高麗茶碗の雰囲気

5月に招待された「聞慶伝統茶碗祭り」で、千漢鳳先生が私の茶碗をご覧になって
「高麗茶碗の雰囲気があるのは、この人だけ」と、私の茶碗たちを指さして、
他の作家に向かって仰った。

「高麗茶碗の雰囲気」という言葉が、どのような雰囲気なのか、
その時の私には考えたこともなく、ただひたすら好きな茶碗を目指して作陶し、焼成し、
結果、たくさんの失敗ばかりを積み重ねてきたことだけが、まっさきに自分の茶碗を振り返浮かんできた。

今にして思うと、千漢鳳先生が仰りたかった「高麗茶碗の雰囲気」とは、
独特の土味、それぞれの土の持ち味を生かした様々な茶碗。美しく融けた釉肌、潔い容姿、時にどうしようもないような人間を彷彿とさせるどうしようもない形なのに、そこに内面的な核を感じる形。
静かで派手ではないが、穏やかさと厳しさ相反するようでいて、これらが同居する佇まい。
あれから、思いつくままに「高麗茶碗の雰囲気」について黙想するようになった。

作り手でありながら、窯出しして手入れした茶碗はすでに、私とは違う人格を所有している。
壊してしまおうと手にした茶碗が、何か人間の言葉で語りかけているように思えて、
ふと投げて壊そうとした手を止めたこともある。

茶碗とは実に不思議な存在である。
人間のように人格をもち、その小さな見込には宇宙を抱え込んでいるようで、
私たち不完全でどうしようもない人間が、賛美し感謝する人間が、
そのまま具現して生まれてきたかのようでもある。

100碗の茶碗だけの窯焚きを終えた。
攻め焚きには初めて薪を使った。
良い窯焚きだった。

土と炎と薪と茶碗たちの声が、聞こえてくるようだった。

土たちが新しい生命を受けて誕生することを祝う前夜祭のようだった。

陶の道を歩み続けてこられたことが、薪をくべながら嬉しかった。
生まれてくるだろう茶碗たちへ、愛情がこみあげてくる窯焚きだった。

窯出しした茶碗三点。

井戸平茶碗
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井戸茶碗と雨漏り茶碗
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posted by 丸山 陶李 at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年08月17日

大井戸茶碗の轆轤成形

今年5月に韓国・聞慶伝統茶碗祭りで、USから招待されたLee Love氏が撮影しYou Tubeで紹介している「大井戸茶碗の轆轤成形」ビデオです。

轆轤を挽いているのは、聞慶の陶芸家Yeon Tae Park氏です。
以前、このブログで人間国宝「金正玉」氏と韓国名匠「千漢鳳」氏の動画も紹介しましたが、お二人とも独特の形状をした手作りの「牛ベラ」を用い、「蹴轆轤」による成形でした。

今回のYeon Tae Park氏の轆轤成形は、牛ベラではなく木ゴテにより茶碗の「見込み」と「轆轤目」を仕上げています。そして、伝統的に聞慶の陶芸家は「糸切り」をせずに「高台切放し(箆起し・箆切り)」をしています。高台を絞込み、井戸茶碗は轆轤上で、すべての形が決まっていることがわかります。

このビデオでは、電動轆轤によるデモンストレーションですが、Yeon Tae Park氏は、「蹴轆轤」大会でも優勝しています。

posted by 丸山 陶李 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年08月16日

井戸茶碗を捉え直す

韓国・頭洞里の4-500年前の「カイラギの出た陶片」もともと焼成不足で物原行きとなったものであろう。
この陶片を1,200℃で焼成テストした画像。
1,200℃でも「生焼け」である。

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頭洞里で多くの陶片に囲まれた毎日を振り返ると、一番目にとまったもので多かったのが「生焼け」の陶片だったように思う。粉青沙器、白磁、青磁、黒高麗(黒天目)、井戸。そして、「素焼き」の陶片。
それらの陶片を目の当たりにして、「生掛け」信奉者(笑)であった私には、井戸茶碗について、「素焼き」をしていたことも見受けられることから始まり、根本的に考えなおしてみようと思ったきっかけともなった旅だった。

体も頭も忙しい(笑)、考えては土を練り、考えては釉薬を調合しなおし、考えてはテスト焼成し、考えては資料を読みあさり、ネットで検索し、轆轤を蹴りながらも、様々なテーマが小さな私のCPUに、ドッと押し寄せてくる。焼成したテストピースの画像を撮影しては、データを書き残し、パソコンデスクも食卓も陶房もテストピースで溢れてしまった。

「思うところがあって」「考えることがあって」やっていることなので、「片付ける」という感覚は今のところ毛頭ない(笑)。家族に「動かさないで」と頼んで、置かせてもらっている。以下、様々同時進行で考えなおしているポイント。

「生掛け」⇔「素焼き」
「長石」⇔「陶石」「陶土」(水乙土)
「釉石」⇔「できたら同じ原料を探したい」
「御本手の焼成パターン」⇔「白磁(酸化)の焼成パターン」
「枇杷色」⇔「白」「赤」「茶」「枇杷色」
「陶器」⇔「半磁器」「磁器」
「粉引」⇔粉引茶碗に分類されている「楚白」「有来」は、どうやら粉引ではなく、高麗白磁や李朝白磁に近いのではないか?茶黒色の胎土に白化粧ではなく、白いカオリン土に不透明な釉薬が掛けられており、「火間(掛け外し)」は、経年使用によるカオリンの色の変色ではないのか?
「小貫入」⇔「攻め焚き」に入るタイミングが「早すぎる」と貫入は大きくなる。小貫入は「攻め焚き」のタイミングを考慮すると納得できるものが得られた。
「長石釉」「陶石釉」⇔「灰釉」


李朝陶磁器は、その目にする感覚や手に触れた感触が柔らかく、静かな佇まいから、甘い焼き物と思われているが、カオリン質の陶土は白磁の焼成パターンと同様であり、そんなに柔な焼き物ではないことも再認識した。以前私は、カイラギの出方も生焼けででたカイラギではなく、焼き抜かれたカイラギを目指したいと書いたことがあるが、焼成カロリー、冷まし方も再考(オリジナルの窯の焼成冷却雰囲気を再考)。

参考に大西政太郎先生の書籍に提示されている「高麗白磁や李朝白磁の焼成パターン」と文章を引用させていただく。

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「珪土質の陶石ではなく、礬土質のカオリンを主体とした磁器土を用います。その焼成方法も一般的な酸化焼成法では、カオリンの質の柔らかい質感の磁器は得られないので、上記の表に示すような焼成パターンによらなければなりません。」(引用「陶芸と釉薬」より)

直近に焼成した「白い井戸」テストピース。これと同質なものが「粉引」に分類されている「有来井戸」「楚白」ではないだろうか??上記の「白磁(酸化)の焼成パターン」により、1,250℃で焼成した。小貫入が思った通りに現れてきた。(貫入がわかるように数時間紅茶を入れて洗い流し、その後放置、一日後にはハッキリと小貫入がわかるようになった。窯出しした時には、ただの真っ白い陶器だったが、紅茶を入れた部分にほんのりピンク色が滲んできている。
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こちらは、頭洞里から持ち帰った「三白土」に「灰」を少々添加しただけの釉薬をかけたテストピース。
「三白土」自体に、釉薬が縮れる成分が確認される。
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高麗・李朝の焼き物について、つくづく考えなおしたいのは、「特別なことはしていない」現地にある原材料で、主に「土」を主体にした灰釉の伝統であること。このテストピースを見ながら、私は自分の井戸茶碗の胎土と釉薬を根本的に見直し、考えなおし、変えました。直近のテストピースの胎土と釉薬、そして焼成パターンで、素焼きをしてから焼成してみようと考えています。一窯をダメにしたくはないので、慎重な上にも慎重を重ね、テストを繰り返して土と釉薬の調整をしている。昨日、ゼーゲルコーンを買い求めたが、3.11の震災によってゼーゲルコーンの会社が閉鎖し、すでに手に入らなくなっている。昔、代わりにオルトンコーンを使ったことがあるが感触は違っており、使い慣れたゼーゲルコーンが手に入らなくなったのは痛い。
posted by 丸山 陶李 at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年08月04日

井戸茶碗の釉薬再考

ピカピカじゃない。うす膜のはったような釉薬。
しかも梅華皮がでる。
韓国の頭洞里で、多くの陶片を毎日手にとり眺めつつ、
粉青沙器の釉薬のテカリのない、あの独特の釉薬の原料が水乙土によるものだと知ってから、
風化長石なら、ピカピカにならない釉薬になるかな?と再考してみたり、
今日は、実際に韓国で掘ってきた三白土を単味で釉薬にしたテストをしようと考えた。

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ピカピカにならない、しっとりとした釉肌。油揚手とも呼ばれる井戸茶碗の釉薬。
多くの陶片の中に、高麗青磁の一つの茶碗が目にとまった。

これは・・・。
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通常、高麗青磁は釉薬を厚く掛け、胎土の鉄分との反応により、還元焼成で美しい発色が得られるものと考えてきたが、この陶片をまじまじと見ていると他の青磁陶片と違い、薄く掛けられた釉薬自体が、この発色をしているように見える。何か、そういう釉石、あるいは土があるのだろうと考えた。水乙土の鉄分の含まれて黄色いものは、青磁に使うとも学んできた。

その発想の中から、胎土と同じ土(石)を釉薬にも用いているのではないか?と私の思考は進んでいった。
古唐津の焼き物について、非常に興味ふかい、示唆に富んだサイトを見つけた。古唐津の道園も、韓国の陶工が当地で焼き物を焼いた場所だ。一部引用して紹介させていただく。

道園の陶土と釉薬が解ったのは、偶然の事からである。道園窯跡の横を、細い溝と云うほどの水の流れが、二百メートルほど下の小川に注いでいる。その接点になっている所に、山から迫り出した岩がある。何気なくその岩を見ていたら、その一部分が崩れ落ちていた。黒い岩だと思っていたのは、表面を覆っている苔のせいで、白い岩だと気がついた。手にとって見ると、砂岩の様でもあり頁岩の様でもある。とりあえず持って帰り、乳鉢で擂り潰してみると粘土の様になる。そこで残りの岩をボ―ルミルに入れて微粉砕し、促成の陶土を作った。轆轤にかけると、どうにか成型できる。乾燥を待って試験焼きをしてみた。焼き上がった物は、今までに無く道園の陶片に似ている。急いで耐火度試験をして、SK一九番である事を確かめた。やはり古唐津を作った原料は窯の傍にあった。しかしその原料は、粘土状では無かったのである。陶石とも言える形状であれば、古唐津の陶土原料は、粘土状で産出すると思っているので、探しだすことが出来なかったのである。その陶土に灰を混ぜて釉薬とし、SK九番で焼いてみた。陶片と寸分違わぬ釉面をしている。釉薬も別に長石など使ったのでは無く、胎土その物であった。
http://itohya.tripod.com/karktsuyaki.htm

さて、こちらは井戸茶碗の枇杷色のために用いようと決めた原土の画像です。
原土を篩い通ししている時、土の塊りをポコッと割ったら、こんな美しい紫色の発色部分が見つかりました。このまま焼成して、紫色の部分がどのように発色するのかテストしてみようと思っています。
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posted by 丸山 陶李 at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年07月26日

白い井戸茶碗

先日、ブログで紹介した頭洞里の陶片の中にも白い梅華皮がでた陶片があったが、
白い井戸(茶碗)が、土と釉薬のテスト焼成で生まれた。

梅華皮が大きくできて、というよりも、釉飛びが激しく(笑)、
「白」といっても、象牙色のような白で、これも面白いな、と思った。

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前にも、カオリン質の土と赤い土とを混合して焼成した時に、白い茶碗になり、不思議だなと思っていた。
合わせる赤色の土の鉄分の状態によるのか、カオリンが鉄分を吸収してしまうのか、
焼成温度と関係あるのか、私には、はっきりとはわからない。

しかし、頭洞里の白い梅華皮のでた井戸(茶碗)の陶片は、
釉薬は白く、胎土は枇杷色のまま焼けていた。
不思議がいっぱいな、テストの繰り返し。そして「失敗」という師に学ぶ日々。
 ↓
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左→6月の釉薬調合で出た梅華皮
右2つ→今日7月26日、窯出ししたテスト焼成での梅華皮

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7月19日に窯出ししたテスト焼成での梅華皮
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梅華皮も、様々な条件で表出させられるものなんだな、と学んでいる。
さて、「私の井戸茶碗」には、どの梅華皮が似合うだろうか、と考えなおす。釉薬の濃度によっても様々な表情を見せてくれる。
posted by 丸山 陶李 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年07月11日

井戸茶碗の故郷を訪ねて[2]

7月8日、井戸茶碗や熊川陶磁の土や釉薬原料がすべて採取された宝賠山(ぼうばいさん)に登った。
宝賠山は、広く繋がる大きな山で、そのカオリン鉱脈も頭洞里の井戸茶碗古窯址まで続いている。
山の上に行くほど純粋な成分で風化もすすんでいない鉱物だと案内してくださった崔熊鐸先生に伺った。
さて「井戸茶碗の故郷を訪ねて[2]では、宝賠山で土を採取した時の写真を何枚か紹介させていただきます。

宝賠山
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頭洞里の熊川陶磁資料館を望む。山々は宝賠山、いくつもの山が続いている。
写真、右下に頭洞里古窯址がある。
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この山の三白土の、白い部分のカオリンと赤い部分のカオリンを混ぜて、枇杷色を呈する胎土が用いられてきており、その白土、赤土、黄色土の混ぜ具合によって、また採取された場所によって様々な胎土の色が現れる。

掘り出した三白土
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当日、掘ってきた土は、山の麓の風化の進んだ部分であるが、美濃のモグサ土に似ている。
掘り上げた三白土や赤いカオリンなど、原材料となる石(土)は、何年も風雨にさらし、篩い通しされ、可塑性を増し初めて粘土として用いられる。

宝賠山の土を採取した場所
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スコップで掘った跡
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掘り出した土
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赤いカオリン(左)と三白土(右)これらを混ぜて井戸茶碗の枇杷色の胎土が作られている。
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宝賠山の麓の桔梗畑、美しく咲いていた。根が薬に用いられる。
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崔先生の土や釉薬は、庭に大きなタンクをいくつも置いて、掘り上げ、篩い通しした土や釉薬を何年も雨水にさらしている。何年も、タンクの中で風雨にさらされた土は、粘りがあり、良い土や釉薬にする秘訣は、雨水にあると仰っていた。

昔から、雨が降ると陶工たちは喜んだそうだ。「雨」がよりよい土や釉薬に変化させてくれると信じていたからだ。日本でも「孫子の代まで土を残す」と言われるが、やはり風雨にさらして寝かせた土は熟成し、轆轤を挽くにも、何年も寝かせた土は、轆轤技術が向上したかのように思い違いするほど扱い易く可塑性に富んだ土へと変化する。

釉薬に使用される水乙土は、晋州の産のものが良いとのことだったが、晋州といえばカオリンの有名な産地でもある。ある陶芸家は、あまり知られていないが、慶州に産するカオリンが一番だと、書いていたのを拝読したことがある。

黒高麗(黒天目)に用いられてきた石。頭洞里古窯の小川脇で。手で簡単に割れる。
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庭で風雨にさらされていた黒高麗の釉石。600度で仮焼し、砕き、メッシュを通して使われる。
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頭洞里の素焼き陶片
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頭洞里の陶片
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posted by 丸山 陶李 at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗