2013年09月26日

喜左衛門に会える

根津美術館 特別展
【井戸茶碗 戦国武将が憧れたうつわ】

2013年11月2日(土)〜12月15日(日)
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/next.html

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高9.8 口径15.4 底径5.3 (p)
国宝指定年月日:19510609
孤篷庵
国宝・重要文化財(美術品)


こちらは9月9日に窯出しした私の井戸立ちぐい呑み

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今日は、薪5束を細割りにしました。
良い運動。

喜左衛門に会える日を心待ちにして。
この展示会は「井戸茶碗」の名碗が揃う。
講演会もあるので、申し込みたかったが、ちょうど海外の展示会の頃。
残念だけれど、講演会はまた機会があれば、伺うことにして、
今秋は、大井戸茶碗「喜左衛門」を根津美術館でじっくり拝見したいと考えています。

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2013年09月10日

井戸 一輪挿し

草露白 くさのつゆしろし

早朝、野山を歩くと木々の葉や草花に小さな露が降りているのに気がつきます。
露は放射冷却などで空気中の水蒸気が冷やされてできるもので、夏から秋への季節の変わり目など、朝晩の気温が下がるときによく見られます。
「露が降りると晴れ」といい、足元を濡らす朝露は清々しい一日を約束してくれます。(くらしの暦より}

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秋風がすずやかになり、近くの田では稲刈りも終わり、「もみ殻」を炉端でジワジワと焼き黒い「もみ灰」ができて行くのを見かけるようになりました。

「もみ殻」を黒く焼いている時、傍を通りかかると独特の香りがします。
昔の人は、半農半陶の生活が主であったと言いますが、「土」そのものから稲を収穫し、藁や籾殻から「灰」を作り、釉薬としていたことが実際に、こうした光景の中から頷けます。

焼成も、窯に火を入れたら、窯の床を焼き、ちょっと農作業しては、また窯の火を入れ。というような一気に焚きあげる方法ばかりではなかっただろう、と推察しています。

近くのモミ殻を焼いている光景です。真白くなるように一気には焼かないで、何日もかけてジワジワと黒く焼きあげています。

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私は、猛暑が去るのを待って、窯を焚きました。
主に生徒さんの作品ですが、今回は初めて「灰被り」のできる窯床を用いました。
攻め焚きに、薪を投入するのですが、薪の投入部には「灰被り」の作品を狙える場所があります。
山土と灰を合わせた釉薬を自然釉のビードロがでるように調合し、古信楽の白土を用いて、「蹲」「砧花入れ」「土鍋」などを生徒さんが制作したものに施釉しました。

途中、薪の灰だけでは足りないので土灰もふりかけました。

ちょっとした自分の試験で、この「灰被り」のできる部分に、井戸の水指を置いておきました。
耐火度の高い釉石を用いて、灰を少ししか加えずに、自然降灰の作用とマッチングするように窯詰めしておきました。見事、仮説通り、火回りの悪い高台畳付き内には、かいらぎ、「灰」を被る水指胴体は釉石がよく融けて透明になりました。自分でもちょっとワクワクした実験でした。

灰被り部分ではなく、高温になる窯内に置いた井戸一輪挿し
これは、かいらぎを全体に表出させる実験でもありました。
庭の草を添えて。

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posted by 丸山 陶李 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2013年04月29日

井戸茶碗

撮影が滞っていた井戸茶碗を少しずつ撮影し始めました。
今日の井戸茶碗。

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2013年04月28日

土作り

井戸茶碗の土作り。
原土からの土作り。
吸い鉢が足りないのと、ひとり仕事なので少しずつ。
こちらは今年第二弾の篩いに通し、吸い鉢にあげた原土です。

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まだまだ続く土作り。
こちらは、原土から取り除いた真砂土。
井戸茶碗を挽く時に少し混ぜるので取って置きます。

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陶芸受講生の楽焼体験実習が5月4日にあるので、土作りに励みながら庭の手入れも少々。
庭の花々を切り、志野の花入れに投げ込んでみました。

ハナミズキ・ムラサキシキブ・ツルニチニチソウなど。
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2013年04月21日

井戸茶碗

窯小屋の棚上に、ひとつ取り置いておいた「井戸茶碗」。
ニュウが入っているので、使えないが、
久しぶりに手にしたら、漆で繕って残しておきたいな、と思った。
画像だけでも残しておこうと、撮影してみました。

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2013年01月15日

千漢鳳先生の仰ったこと/井戸茶碗一考察/枇杷色



再掲ですが、聞慶窯「千漢鳳(チョンハンボン)」先生が、63歳の時点でNHKのドキュメンタリーの中で「井戸茶碗は、厚い口造り、梅花皮(かいらぎ)、兜巾(ときん)など色々言われるが、一番難しいのは枇杷色です。」と、仰っています。

私は、新年の初窯を焚く前に、テスト焼成を8回しましたが、
聞慶での千漢鳳先生の「茶碗の難しさ」の話を窯焚きの最中に拝聴させていただいた言葉と相まって、
脳裏にあったのは、このビデオの中で千漢鳳先生が「枇杷色」が、何故一番難しいと仰っていたのか?ということでした。

10月に韓国・慶南茶碗公募展の審査員として渡韓した際、
現地でいただいた資料や、現地で高麗茶碗・井戸茶碗の制作をしていらっしゃる皆さんの茶碗に触れ、
韓国の伝統的な窯と、焼成について、改めて気づいたことがありました。

それは、高麗青磁をはじめ「還元焼成」の窯であり、焚き方であることを伝統としているということでした。聞慶伝統の窯は、「マンデンイ窯」呼ばれている(マンデンイとは足のふくらはぎ)土を丸めて窯のアーチを築いている登り窯で、慶南でいただいた資料の中で「中国の青磁と韓国の青磁の違いは、「窯」にある。」「中国の窯は煉瓦であるが、韓国の窯は伽耶文化の鉄を作り始めた技術によるもので、土で構築されている。」と、書かれていた。

千漢鳳先生の窯と窯焚き(2012年・聞慶
「酸化の窯を焚いているので、全部開け放っています。」と仰っていました。
http://www.facebook.com/tourijp#!/media/set/?set=a.355461354508156.85491.149529588434668&type=3

伽耶文化は、私も現地で伽耶土器の美しさに触れ、伽耶文化が鉄を作る技術を持っていたことを博物館を訪れた時に学んでいた。

テスト8回の焼成で、私は同じ土・同じ釉薬で焼成パターンの変化だけで---「酸化・中性炎・弱還元・還元・還元落し・焼き戻し」--- 高麗茶碗の種々の窯変の美しさが現れることを自身で確認した。それは、御本手・半使・片身替わり・紅葉・鹿の背などであった。

韓国での古陶磁を見ても、それほど多くの種類の土を使ってはいない。
黒土・白磁の土・赤土・枇杷色の土、そして軟質白磁の土。これらは「土」でもあるし、カオリンでもあるし、陶石でもある。

聞慶では「井戸茶碗の土は採れないんです。」と、千漢鳳先生の御嬢さん二代目「陶泉」が私に少し悲しげに話してくださったが、それでも、韓国国内であれば、慶南の土も私たちよりも得ることができるだろう、と私は考え「そうでしたか。」と申し上げましたが、千漢鳳先生の高麗茶碗は日本人の好みを良くご存じで、品格のある茶碗は先生の「茶碗の難しさ」の話と重なり、シミジミとするものをお持ちだと感じていた。

その千漢鳳先生が「枇杷色が一番難しい」と仰ったことに、私はずっと「何故だろう?」と思っていたからである。

そして、昨年ようやく深い意味を洞察した。
井戸茶碗の枇杷色を得るには、「焼き」が一番、難しいということ。
それは、電気窯以外では純粋な酸化焼成というのはあり得ないが、薪窯では焼成の技術はもちろんだが、酸化焼成が難しいということ。それを仰ったのだと。

慶南の井戸茶碗に取り組んでいる陶芸家の一人から、
「1250度で20時間引っ張ります。」と伺った時には、思わず「梅花皮が融けてしまいませんか?」と私は問い直した。

別の現地の陶芸家は、
「1300度で酸化焼成(もちろん薪窯)でも、この土の枇杷色は失われない。」
と伺った。成分分析表も添えられた資料(福岡で分析)には、「チタン」の含有量が特徴的ということが記載されたいたが、だからといってチタンを加えれば高温での枇杷色が失われないというものではない、それが、特徴である。」とも書かれていた。

テスト窯を焚くわけでもない、かつて中性炎気味になる窯内の場所で井戸茶碗や蕎麦茶碗の枇杷色発色の茶碗たちが生まれたということは、日本にある井戸茶碗の数々を拝見して、理解できていたが、薪窯の高温で枇杷色を得ることが、元来、還元焼成を得意としていた韓国の窯ゆえ、酸化焼成にする焼成技術・窯焚き技術が必要であったと、千漢鳳先生の仰っていた、「井戸茶碗は、厚い口造り、梅花皮(かいらぎ)、兜巾(ときん)など色々言われるが、一番難しいのは枇杷色です。」という言葉の裏にある、重さを再認識した。

※追記

 唐津焼きの第13代中里太郎衛門氏は、「陶工陶談」の中で、
 「カオリンは20パーセント以上陶土に含まれると鉄分の発色を吸収してしまう。」ということを書いていらっしゃいます。慶南の現地陶芸家のひとり金南珍氏は、「慶南の特色ある陶土は、よく用いられているピンクカオリンとも異なる土であり、単味で用いて1300℃の酸化焼成をしても、この枇杷色は失われることはない。特色ある土である。」と言っています。


ビデオの中で、千漢鳳先生が釉掛けしている場面がありますが、韓国の多くの陶芸家は現在「生掛け」ではなく素焼きをして施釉しています。
NHKのナレーターは「梅花皮は釉が厚くかかったところにできる。」と言っていますが、李朝の井戸茶碗の施釉は、それほど厚くしていないことは、実物。を見るとわかります。井戸茶碗の梅花皮は「削ったところにでる。」というのが正しい認識になりつつあると思います。
梅花皮を出すことに焦点をあててしまっている現代の井戸茶碗をたくさん拝見して来ましたが、梅花皮を狙っているがために、施釉時の釉薬濃度が濃すぎて枇杷色の発色が得られる胎土を用いているのに、土の色を生かすことが二の次になっている茶碗がたくさんありました。
梅花皮を派手にだそうとするよりも、小貫入のでる焼成、釉薬濃度、焼成の窯の雰囲気が大切だと私は結論をだしました。古陶磁のもつあの肌合いに近づくには、原材料と上記の点の追及が重要であると思います。
荒い大きな貫入や、貫入のないものは、この中のいずれかの問題をクリアしていない、わかっていないと思います。
タグ:井戸茶碗
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2013年01月11日

井戸茶碗

2013年初窯の井戸茶碗。

井戸茶碗 口径14.5cm 高8.5cm 高台径5.5cm 重280g

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大井戸茶碗「瑞雲」口径16-16.5cm 高9cm 高台径6cm 重400g
「瑞雲」めでたいことの前兆として現れる雲。祥瑞の雲。

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口縁に傷が入ってしまったので、きずざえもん 喜瑞左衛門。
タグ:井戸茶碗
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2013年01月04日

井戸茶碗一考察・釉掛け

井戸茶碗の釉掛けの最中にワンショット。
以前、代がかわってからの熊谷陶料さんから電話をいただき、
会話の中で「釉掛けは、どうやってたんだろう?」とご質問があったのですが、

私は、
「粉引の火間(掛け外し)ができるやり方と同じです。」
とお答えした。

多くの高麗茶碗、実物を見れば納得できることかと思います。
見テ知リソ知リテナ見ソ。
最近、この思いを深くしています。


釉掛けは「生掛け」。
この写真のように指で茶碗を掴み、釉薬を生掛けする。
(素焼きしてある茶碗なら難なく掛けられますが、生掛けだと下手すると崩れます。)
指跡が残っていない井戸茶碗は、このようにワシ掴みして釉掛けしています。
茶碗の正面に口縁から釉ダレができます。

井戸茶碗の多くは高台に指跡が残っていないのは、この釉掛けのやり方だからです。

「素焼きしてある」というのは頭洞里の古窯址に素焼きされた陶片がたくさん落ちていたからだと思いますが、黄瓷の流れを引くものが井戸茶碗の源流であるとすると(古陶磁の調査資料等には、黄瓷の焼かれた民窯云々・・・とあります。)井戸茶碗に関しては伝統的な黒釉と同じく「生掛け」であったと思います。

年寄りの赤く腫れた手など晒したくないのですが(笑)、
たまたま、釉掛けをしていて井戸茶碗に「火間」ができてしまったので、
ブログにアップします。

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2012年12月27日

井戸茶碗の土

原土から作った私の井戸茶碗の土。
12月22日(土)から26日(水)まで5日間、釉薬の微調整のためテスト焼成を六回行いました。

新年の初窯を予定しています。
茶碗ばかり100碗を焼成します。
(テスト焼成で10碗ほど使ってしまいましたが…)。

本番は薪を投入して焼成しますが、
テストは小さなガス窯です。

本日、朝、六回目の焼成を終えて窯出ししました。
ガス窯は、還元焼成がしやすくて、本当にいろんなテストが出来、学びになりました。
ガス窯の窯焚きは、一番楽だと思います(電気窯はテストには良いけれど)。
温度管理も還元の具合も思うまま、ちょっとしたタイミングで自由自在です。

小貫入が攻め焚きのタイミングによるものであることも、六回の焼成すべてで確認でき、またそのタイミングをデータとして把握できました。

李朝の陶工たちは、釉薬の濃度や攻め焚きのタイミングを、炎で見分けてきたのだと思いますが、本当に凄いなぁ、と、あらためて経験と体験を身に沁みこませる道程を思いました。
原材料はさておき(現地で採取できるものですから)、彼らの轆轤技術や、釉薬調整能力、窯焚きの確実性には、目をみはります。

灯油窯の焼成は、こうはいかない(私の窯は灯油窯で薪が投入できる)。
「薪窯を焚くなら、灯油窯を何度も焚いておけ」と、ある亡くなった陶芸家が仰っていましたが、普段から灯油窯で焼成をしていると、薪窯の焼成時にも非常に良い経験となります。

さて、今朝、六回のテスト焼成による茶碗を並べてみました。
左から一回目、一番右が最後の六回目と縦列が進みます。

「ひっつき」で壊した茶碗や、釉薬の「生掛け」時に崩した茶碗もあります。
それらを取り除いて、データ管理のため写真を撮影しておきました。

すべて同じ「井戸茶碗の土」を用いており、釉薬も微調整しただけなので、ほとんど同じ釉薬です。
そして、すべて「生掛け」してボーメを記録してあります。

高麗茶碗の様々なバリエーションが、「炎」の窯変によるものであることがわかります。

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※左から二列目の上の茶碗と三列目の茶碗は、還元落しで焼成したものです。(青い発色の三碗)。

※右下に二つの「高台」だけのテストピースがありますが、こちらは私の現在用いている「井戸茶碗の土」ではありません。素焼きしたものを、今回のテストの窯に同じ釉薬を掛けて、梅華皮のテストをしたものです。

※今回の窯は、窯内の最低温度となる場所が、すべて1230℃から1250℃の高温焼成をしています。

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2012年12月08日

古美術 桃青「恋する骨董展」で井戸茶碗一考察

12月7日、17時18分頃、大きな横揺れを伴う地震が続きました。
とても長い時間揺れていたので、大きな地震の予兆かと心配しましたが、
その時、私は東京銀座の古美術店「桃青」で開催中の「恋する骨董展」にお邪魔していました。

ちょうど、大きな揺れの時、拝見していたのが、「蕎麦茶碗」でした。
即座に仕覆を被せて、損壊のないように茶碗をまもりました。

この日、この「蕎麦茶碗」の他にも、多くの高麗茶碗の逸品を手にとり拝見させていただけて、
至福のひとときでした。

博物館では手に触れることができない茶碗たちを、手にして、触らせていただいて、肌を愛でて、やはり違います。勉強になりました。

オーナーの冨永民雄様ご自身が好きで蒐集なさったコレクションで、
高麗茶碗を次から次へと、私のために箱から出してくださり、本当に有難いことでした。

一点の茶碗から、私は井戸茶碗の原型はこれではないか?と直感しました。
冨永様のご好意により写真を撮影させていただき、「井戸茶碗一考察」の貴重な資料として公開させていただきます。

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この茶碗は、生焼け(半分)ですが、井戸茶碗の形を挽きあげるプロセスがわかる、大変貴重な茶碗であり、高台には見事な巴が切ってあります。

片身替わり伊羅保茶碗「初雁」にみられる巴高台と酷似しています。窯の特定もできるかもしれませんし、土も井戸茶碗の陶片が出土している中でも、もっとも古い時代の赤い土の特徴を持っています。

見込みには湿台の跡も残り、「井戸茶碗」「蕎麦茶碗」の独特の形が成り立っていった様子がわかります。
釉胎は、高麗青磁末期の釉胎、を直感させられる緑色の釉胎です。


不思議なのは、半分生焼けなのですが、高台畳付きにも、見込みにも「目跡」が確認できないことです。
窯の火回りのあまりよくない場所で、一点で陶枕に乗せて焼成されたのでしょうか?

口径は大井戸茶碗と同じくらいにケジルッパ(箆)で広げられているのですが、
井戸茶碗の轆轤目を入れようとして底から土をぐっと挽きあげる過程が省略されており、不完全な形のまま焼成されているのです。

挽きあげきっていない底(高台脇取り周辺、見込み)は厚く土が残っています。


土を挽きあげきらずに、この形で焼成したでしょうが、今はこの形で残していたものがあったことを感謝せずにはいられません。

釉薬も、高麗青磁や緑釉系統の緑色を呈しており厚くかかっています。
片身替わり伊羅保茶碗「初雁」には、半身に井戸茶碗の釉薬、半身に緑釉(チェユウ/日本では伊羅保)が掛かっていますが、高台には、この井戸茶碗の原型の高台に見られる独特の「巴(ともえ)」と同じ巴高台が残っています。
緑釉は、韓国の伝統的な釉薬の一つで、もっとも古い釉薬の一つでもあります。

青井戸茶碗「落葉」の画像をみると、さらに納得できるかもしれません。
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もどりますが、この茶碗こそ井戸茶碗の原型をとどめている貴重な一点ではないでしょうか?
想像をたくましく、触発されるもののある、茶碗でした。

これは、本当に貴重な茶碗です。

「恋する骨董展」は、明日12月9日(日)まで。
「古美術 桃青」〒104-0061 東京都中央区銀座7−10−8第五太陽ビル1階
 (銀座7丁目資生堂ビルの向かいを入って、二つ目の通りです。)

この他にも、大井戸茶碗「有楽」に酷似した釉肌を持った「井戸小服茶碗」や、鶏竜山と思われる刷毛目茶碗、美しい「粉引茶碗」など、多数の高麗茶碗や、粉青沙器が展示されています。
posted by 丸山 陶李 at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗