2017年02月02日

利休七哲の一人 ユスト高山右近 列福式

https://youtu.be/d96PSEkMqHo

利休七哲の一人、ユスト高山右近の列福式
ライブ・ストリーム 2月7日11時から
February 7,2017 11:00
日時: 2017年2月7日(火)正午より
場所:大阪城ホール(大阪市中央区)
司式:アンジェロ アマート枢機卿(教皇代理・教皇庁列聖省長官)

列福式の翌週、私はマニラ、ルソンへ。
ユスト高山右近列福記念に制作した「カリスとパテナ」を持参してマニラを訪問する予定です。
Chalice-and-Paten.jpg

旅茶碗も持参し、お茶を供える予定です。
現地の石も持ち帰り茶碗にしたいと考えています。

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2015年04月10日

 HOTARU ---- Firefly
軒しろき月の光に山かげの 闇をしたひて行く蛍かな
『玉葉集』 後鳥羽院宮内卿

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2015年04月06日

斗々屋茶碗(魚屋茶碗) 「春霞」

斗々屋茶碗(魚屋茶碗) 「春霞」

春霞たなびく山の桜花うつろはむとや色かはりゆく
(古今和歌集 詠み人知らず)
TOTOYA CHAWAN "Spring Mist”
----Flame Change----

totoyaDSCF6180s.jpg

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2015年04月05日

柿の蔕茶碗

柿の蔕茶碗
(干し柿の蔕のような茶碗)
 高麗茶碗の中でも、ひときわ詫びた風合いと「南蛮のような」と、古い記録に残っているそうだが、南蛮焼き締めのように、土味が際立つ茶碗。釉薬は水釉(灰釉)がかかっている。樋口と呼ばれる口縁の口造りも特徴。手元を離れて、旅立ちました。

KAKINOHETA CHAWAN
"Kakinoheta" is (the meaning) "The Calyx of Dried persimmon".
It's very interesting name one of the Goryo Chawan.
Once upon a time, tea masters of Japan, was named the bowl of this type chawan with the KAKINOHETA CHAWAN.

kakinoheta.jpg

hans010.jpg




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2015年02月08日

瓢 花入


瓢(ふくべ・ひさご)掛花入

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昨秋、ご近所の農家の方から、たくさん瓢箪と柿を頂戴した。
陶芸講座の受講生にも、柿と瓢箪を分けて差し上げた。
年末に一人の受講生から、差し上げた瓢箪を腐らせて(半端なく臭い!)、中を刳り貫いて、ぬか袋で磨いた瓢箪が一つ戻ってきた。
先日、瓢箪上部を糸鋸で切断し、掛け花入れの金具を取り付け、透き漆を塗ってみた。透き漆が乾いたので、研磨し、今日は庭の水仙を投げ入れてみた。

『古今茶之湯諸抄大成』に「瓢の花入 瓢は冬の物也、釘掛は金物或は緒にてもよし、くり穴はよろしからず、瓢の花入は利休の物数寄なり、利休所持の顔回といふ花入、細川家にあり」…とあるが、
立春を過ぎたとはいえ、まだまだ厳しい寒さが続いているこの冬に用いてみました。

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「人には辿って来た精神の筋道というものがあるのだ。
後藤氏が心血を注いで遺した映像に何が映されているのか?
人が作りだすものには、どんなものにせよ
生み出した人物の魂が反映している。」

http://ameblo.jp/et-eo/entry-11984455865.html
---RIP KENJI---より。


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2015年02月02日

茶道と十字架

初個展以来、私の作陶テーマの一つは「茶道と十字架」でした。
今年は、ユスト高山右近の帰天400年であり、また明日は右近の帰天日の2月3日。
カトリックでは列福間近ということである。

「右近にとって茶室は祈りの間であった」という。
茶の湯の中に右近は何を見ていたのだろうか。
茶の湯の道の中に、キリシタンとして何を求めていたのだろうか。

私が作陶テーマとしてきた「茶道と十字架」は、
大学時代の美学の教授であった増渕宗一先生の著書の影響を受けている。
今から20年ほど前に出版された「茶道と十字架」増渕宗一・著(角川書店)には、
カトリックのミサと茶道に酷似しているものを見出し、千利休が確立した侘び茶と、その時代、利休の周辺にキリシタンが多いことなどにも触れている。
茶道とミサとの共通点については、多くの著書もあるし、また高山右近についても専門家による研究がなされている。

茶の湯を茶道とも言うが、「道」というものには、人としての修練や精神的な鍛練などを含むものと私はとらえている。しかし、学生時代、母から「お茶を習いなさい。」と何度も言われたが、当時はゴルフ部に所属していたし、日本の文化として茶の湯に興味はあっても、お稽古事として茶道に踏み込む気持ちは全くなかった。むしろ私は、精神的には世阿弥の能の世界に惹かれ、「仕舞」のお稽古に青山まで通っていた。

カトリックの洗礼の恵みをいただいた日。
私は仕舞のように、和服姿で白足袋で教会のスリッパは履かず、祭壇へまっすぐと歩むことを選んだ。
洗礼・堅信ともに、クリスチャンネームは「Maria Gratia」をいただいた。その後、在世フランシスコ会の誓約も修道名「Maria Gratia」。
「Gratia」「ガラシャ」はラテン語で「恩寵」であり、玉川大学でお世話になった佐藤先生が、「細川ガラシャ」にちなんで考えてくださった洗礼名だった。

細川ガラシャについて、学んでいるうちに、ガラシャをキリシタンに導いたのが「ユスト高山右近」だった、ということを知り、「私の井戸茶碗」として、ガラシャと右近の銘をつけて残したいと念ずるようになった。

右近の生きた時代、高麗茶碗を所持した大名や茶人たちの名が伝世の高麗茶碗となって四百年以上も大切に現在へと伝えられている。「利休」「細川」「有楽」「松平」「三好」「信長」「金森」「少庵」「江岑」などである。

高山右近が所持したものである茶碗というのは、見当たらない。ならば僭越ですが、私は迫害の中、キリシタンとして棄教することなく、すべてを捨ててマニラに行き召された「右近」の茶碗を私の一碗として残したい、と願った。ガラシャの霊名をいただいたご縁で、そう念じるほどに右近の信仰に感銘を受けたのだった。しかも右近は利休七哲、大茶人である。二畳の床の間もない茶室が右近の祈りの茶室であったと聞いている。マニラに向かう折には、千利休から贈られた「羽箒」と「十字架」の二つだけを所持していたという。

右近にとって、「茶の湯」と「信仰」は一つの道だったのだ。

15年ぶりに、茶の湯の師のもとを尋ね稽古に通っている。
右近が帰天したのは63歳とのこと。
茶陶の勉強のために始めた茶道だったが、今、茶の湯の稽古は、私の至らなさ、何にもまして、ありのままの自分、鍛錬の必要な自分というものを、よく見せてくれる。謙虚であることを肝に銘じよ、と教えてくれる。

沈黙のなかで、ただ釜をかけ茶を点てる。その所作のなかに、自分自身がありのまま投影される。顧みるたびに、様々なことに気づきを与えられる。茶を点て、いただくという所作の中に、ありのままの自分が映し出されるのだ。

今は、茶陶を作るためではなく、一人の人間として茶の道による修練を積むという思いが強くなってきている。もちろんモノづくりとして、自作の道具を使ってみるということもあるが、その向こうに、右近の茶を見ている。届かぬだろう小さい人間であるが、私の道として右近の帰天までの信仰を黙想しつつ、床の間の祭壇の前で、茶を点てる。大井戸茶碗を挽く時には、精神の弱っている時は本当にダメだ。ダメなものはダメ。痛感している。「よし!今日だ!この状態の今だ!」という時がある。技術の向こうにあるもの、それがなければ・・・という、それ。それが感じられなければ、私は一生、私の井戸茶碗に「右近」の銘をいただくことはないだろう。

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2015年01月22日

碾茶を挽いて

朝、碾茶を挽いて篩に通し、お茶を点てました。

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筒茶碗(黒茶碗)で、一服差し上げました。

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2015年01月03日

新春


新春能楽会 ーより深い能楽の世界へ誘うー
能 「船弁慶」宝生流二十代宗家 宝生和英
狂言 「棒縛」和泉流野村派十四世当主 野村又三郎

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2015年1月24日(土) 15時開演
茨城県立県民文化センター 大ホール

http://www.ibarakiken-bunkacenter.com/ti…/flyer/1SVksgXI.pdf
よみうりカルチャーで「面打ち」講師としてご一緒させていただいております秋本玄影先生の面が用いられます。
面を打つ方は数百人いる、と伺っていますが、「能楽師に依頼され制作し、実際に能舞台で用いられることは、作り手として大変光栄なことです。」と仰っていました。

magojirou.jpg

※二枚目の写真は、年末に秋本先生ご夫妻が私の陶房へいらっしゃって、お茶のひとときをもたせていたdきました。その際、新作の「孫次郎:面影写し」を頂戴したものです。
新春能楽会では、秋本玄影先生の「能面展」も開催されます。



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2015年01月01日

謹賀新春

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あけましておめでとうございます。
 今年2015年が皆様にとって、健やかで美しい日々でありますよう、
 お祈り申し上げます。
 今年は正念場。
 茶碗づくりに、茶の湯にさらに心を注いで参りたいと願っております。
 どうぞよろしくおつきあいくださいますよう。

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2014年03月26日

利休忌

「利休忌」といえば菜の花ですが、菜の花が見当たらない。
庭の桜を一枝たおって。

【桜始開】
第十一候 さくら はじめて ひらく

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