2006年07月17日

かたじけなさに

7/13の窯出しで、物原行きとなった大量の茶碗とぐい呑を思うにつけ、
申し訳ない気持ちで一杯になる。

轆轤で、新たに井戸茶碗を挽きながら、気持ちが以前と違っている。

以前、ブログに『「土に仕える」ような感覚が往来する』と書いたけれど、
今は、『土に申し訳ない』感覚で、
ある意味トラウマができてしまったみたい。

大量に陶器を壊しながら、
『私の井戸茶碗』への道は、
「もうすぐそこにあるのか?」
それとも、
「果てしなく遠いのか?」と自問自答する。

「何者のおはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」

と、昔、学んだカトリック要理の本に掲載されていた一節が胸に去来する。

萩焼の開祖となった、李勺光・李敬兄弟。
その人の生涯の苦悩などを陶工の目で追った本がある。
『李勺光 萩焼開窯秘話』というタイトルだ。

「400年間闇につつまれていた萩焼開祖・李勺光の足跡を、著者が陶工の目をもって追い、推理し、初めて展開される勺光の生涯。戦国時代の毛利藩と人間勺光の苦悩を通し、萩焼への興味が倍加する。」

この本を注文してみた。
人間・勺光の苦悩に触れてみたいから。

もしかしたら・・・
この人が、韓国から来日し、毛利氏と共に萩に移り住むようになるまでの、
安芸・広島での数年間(約10年くらい)に、井戸茶碗を作らされたのかもしれない、という説について手がかりでもあれば、と思うからである。

李勺光の子孫は、山村新兵衛(現 深川三之瀬 坂倉家)「坂倉新兵衛」で、
李勺光の弟・李敬は、現在の萩焼「坂高麗左衛門」の先祖である。
(萩焼の開祖である李勺光は、秀吉から毛利輝元に預けられたと言われ、
その弟・李敬も後から招かれた。)

井戸茶碗への興味は、尽きる事は無い。
毎日、枕もとに重ねた高麗茶碗の図録を眺め、
どうしてこんなに井戸茶碗に惹かれるのか、今更ながらに不思議でもある。

物原で壊れた陶片を見るたびに、
陶片から声がする。

「僕たちの犠牲を無駄にしないでね」
と。

かたじけなさに、涙こぼるる・・・。

テスト窯が欲しい。
というより、あるのだが、組み立ててない。
こんな時、自分が女性で非力であることを嘆く。
高いところと、力仕事は、無理。
なんとしても、テスト窯を早く組み立てたい。
置き場所にする小屋も作らなくちゃ。
助っ人募集(汗)。

syobun.JPG

posted by 丸山 陶李 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗
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