2006年07月02日

陶友来訪

会津でグリーンツーリズム陶芸に取組み、半農半陶という羨ましい(?)生活をしている游山窯の菅 敬浩(すが たかひろ)さんが福島より来訪。(下の画像は、菅さんのHPプロフィールより)

T.Suga-1.jpg

私の「お気に入りブログ」にリンクしてある『陶芸人の日誌』が菅さんのブログです。「使いづらいカップシリーズ」など、楽しく拝見させていただいています(笑)。

菅さんとは、韓国陶芸研修に一緒に行った仲間なのですが、
最後の日、釜山で海鮮料理を食した後、バスの中で・・・

「これが喰えないと、『李朝の味』は、わかんないぞぉ〜!」
と、強烈な臭いのする「蚕(カイコ)」をパクつきながら、
(釜山の露天で紙コップに一杯入って売ってます)
見るも恐ろしげな「蚕」の丸かじりに怯える私をからかって、
他のメンバーと三人で、蚕の臭いを吐きかけられた思い出が。。。

そのときの写真ですけど、コレです。

kaiko.jpg

そんな愉快な陶友ですが、作品を見ると
非常に真面目にきっちりとしたモノを作っておられるので、
愉快でありながらも、おそらく真面目なヒトなのでしょう(笑)。

また李朝の足跡を訪ねる旅をしたいものだ、と
陶芸の話が弾みました。

ランチには、私がブログで紹介した「わかとら家」のラーメンを所望されましたので、お連れし、ついでに陶芸材料が、ほとんど揃っている充実したホームセンターにご案内。私も、自分の作品に使う、コバルトなどを購入。
帰路、益子に立ち寄るとのことでした。
懐かしいご訪問、ありがとうございました♪

韓国陶芸研修の写真から少々、ご紹介。

・キムチ瓶を挽く「申(しん)」先生。

約20分で、大きなキムチ瓶の成形を終えられたのには唖然。
こんな技が、韓国の陶芸を支えてきたんですね。
今日も、菅さんと「申」先生の技は凄かったよね、と話題に。
この「申」先生は、迫害されて山の中に逃げて、キムチ瓶作りを生業としていらした、隠れキリシタンの末裔です。
shin1.jpg


・新羅土器名匠(日本の人間国宝)「柳」先生の窯場で、
新羅土器の土で電動轆轤を挽いている私です。使っている道具は、日本から持参したもの。手前に見えるのが、この時挽いた作品たち。
この写真の手前の作品を見ながら、
硬い土だったので、「轆轤から切り離した時点で、形ができている」
のを改めて発見しました。
「井戸茶碗も、硬い土なら轆轤上で、すべてを決められるんだ」、
と認識を新たにしました。

rokuro-bs.jpg


・「柳」先生の蹴轆轤(けろくろ)に挑戦した私

大きな轆轤で重かったぁ!
「足の長さが足りないよぉ・・・回らねぇよぉ〜!」と叫びながら挽きました。(笑)
うまく回せなくて四苦八苦・・・。
日本で萩の蹴轆轤回した時は、使いやすかったのですけどね・・・(汗)。

で、見かねた柳先生のお弟子さんが、文字通り足で「蹴って」私を助けてくれています(大爆笑モノでした!)

kerokuro.jpg

「申」先生の技も、そして「柳」先生のご指導も、
間違いなく今の私に生きています。感謝!
posted by 丸山 陶李 at 20:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 陶芸・個展関連
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Excerpt: 7月 3日 (月)   昨日早朝、茨城県の「陶芸家」宅に向かいました。  不躾
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