2012年12月08日

古美術 桃青「恋する骨董展」で井戸茶碗一考察

12月7日、17時18分頃、大きな横揺れを伴う地震が続きました。
とても長い時間揺れていたので、大きな地震の予兆かと心配しましたが、
その時、私は東京銀座の古美術店「桃青」で開催中の「恋する骨董展」にお邪魔していました。

ちょうど、大きな揺れの時、拝見していたのが、「蕎麦茶碗」でした。
即座に仕覆を被せて、損壊のないように茶碗をまもりました。

この日、この「蕎麦茶碗」の他にも、多くの高麗茶碗の逸品を手にとり拝見させていただけて、
至福のひとときでした。

博物館では手に触れることができない茶碗たちを、手にして、触らせていただいて、肌を愛でて、やはり違います。勉強になりました。

オーナーの冨永民雄様ご自身が好きで蒐集なさったコレクションで、
高麗茶碗を次から次へと、私のために箱から出してくださり、本当に有難いことでした。

一点の茶碗から、私は井戸茶碗の原型はこれではないか?と直感しました。
冨永様のご好意により写真を撮影させていただき、「井戸茶碗一考察」の貴重な資料として公開させていただきます。

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この茶碗は、生焼け(半分)ですが、井戸茶碗の形を挽きあげるプロセスがわかる、大変貴重な茶碗であり、高台には見事な巴が切ってあります。

片身替わり伊羅保茶碗「初雁」にみられる巴高台と酷似しています。窯の特定もできるかもしれませんし、土も井戸茶碗の陶片が出土している中でも、もっとも古い時代の赤い土の特徴を持っています。

見込みには湿台の跡も残り、「井戸茶碗」「蕎麦茶碗」の独特の形が成り立っていった様子がわかります。
釉胎は、高麗青磁末期の釉胎、を直感させられる緑色の釉胎です。


不思議なのは、半分生焼けなのですが、高台畳付きにも、見込みにも「目跡」が確認できないことです。
窯の火回りのあまりよくない場所で、一点で陶枕に乗せて焼成されたのでしょうか?

口径は大井戸茶碗と同じくらいにケジルッパ(箆)で広げられているのですが、
井戸茶碗の轆轤目を入れようとして底から土をぐっと挽きあげる過程が省略されており、不完全な形のまま焼成されているのです。

挽きあげきっていない底(高台脇取り周辺、見込み)は厚く土が残っています。


土を挽きあげきらずに、この形で焼成したでしょうが、今はこの形で残していたものがあったことを感謝せずにはいられません。

釉薬も、高麗青磁や緑釉系統の緑色を呈しており厚くかかっています。
片身替わり伊羅保茶碗「初雁」には、半身に井戸茶碗の釉薬、半身に緑釉(チェユウ/日本では伊羅保)が掛かっていますが、高台には、この井戸茶碗の原型の高台に見られる独特の「巴(ともえ)」と同じ巴高台が残っています。
緑釉は、韓国の伝統的な釉薬の一つで、もっとも古い釉薬の一つでもあります。

青井戸茶碗「落葉」の画像をみると、さらに納得できるかもしれません。
otiba051.jpg


もどりますが、この茶碗こそ井戸茶碗の原型をとどめている貴重な一点ではないでしょうか?
想像をたくましく、触発されるもののある、茶碗でした。

これは、本当に貴重な茶碗です。

「恋する骨董展」は、明日12月9日(日)まで。
「古美術 桃青」〒104-0061 東京都中央区銀座7−10−8第五太陽ビル1階
 (銀座7丁目資生堂ビルの向かいを入って、二つ目の通りです。)

この他にも、大井戸茶碗「有楽」に酷似した釉肌を持った「井戸小服茶碗」や、鶏竜山と思われる刷毛目茶碗、美しい「粉引茶碗」など、多数の高麗茶碗や、粉青沙器が展示されています。
posted by 丸山 陶李 at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗
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