2006年04月21日

骨壷雑感

今の仕事に一段落をつけて、陶房も掃除した。

明日は、昨年九月に亡くなった母の納骨に御殿場まで行ってきます。
葬祭の時、斎場に用意してある白い磁器の骨壷に納められた母の遺骨。
その後、その骨壷の蓋に、父の意思で、私が上絵つけしてクリスチャンネームと十字架、そして本名を焼き付けた。

今、思うと父から「骨壷」を作っておいてくれと頼まれたのに、生きている時に父母の骨壷を作るのは気がひけ、「そのうちにね」と言葉を濁してしまったが、明日の納骨を前にして、やはり作っておけばよかった・・・と思う。

父の骨壷は生きているうちに作っておこうと思う。
むしろ、父の骨壷というよりも、明日納骨する母の遺骨と一緒に納まるような大きなものを作ったら、よろこんでくれるのかな?と考えたりする。

明日、それとなく父に話してみようと思う。

以前、制作した骨壷。

kotutubo1.jpg

これは、骨壷としてではなく、おそらく別のものを入れて利用されているだろうと、お買い上げになった若い女性を思い起こしている。

札幌個展の時、ご来廊いただいた年配の男性から骨壷の依頼を受け、陶房にも見えて、ご希望やお話も伺ったのだが、結局、自分の骨壷を用意しておくことに抵抗があるらしく、具体的な注文とはならなかった。

その後、何度も札幌個展には毎年いらしてくださったが、骨壷のことはさっぱり話題にならなかった。

骨壷自体、斎場によって大きさがかなり違うし、霊園によっては、骨壷から遺骨をだして墓の中に散骨するところもある。

札幌の斎場では小さ目の骨壷で、棒で砕いて細かくして遺骨を納めていた。
母のお世話になった斎場では、大きめの骨壷で、遺骨も砕くことなく、そのまま納められた。

生きている間、水指などとして骨壷を利用して、死後、自分の選んでおいた骨壷に入ろうという、酔狂な方は、そんなに多くはないとは思うが。


posted by 丸山 陶李 at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗・李朝
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