2007年09月24日

金祝ミサ

洗礼を授けていただいたザベリオ・イドヤガ神父様(スペイン・バスク出身・フランシスコ会)が司祭の誓願を立ててから50周年となる金祝の記念ミサが、群馬県桐生のカトリック桐生教会で行われた。

アシジの聖フランシスコに出会ってカトリックに導かれた事は、私にとって人生の大きなエポックだった。

今は在世フランシスコ会で誓約も立てているが、プロテスタントの高校出身でカトリックの大学を卒業した私が、カトリック信者として生きようと思わされたのは、アシジの聖フランシスコとの衝撃的な出会いがあったからだった。

そしてカトリックの洗礼を受けたいと願った時に、ちょうど長野という地でフランシスコ会の修道院のあるカトリック教会が身近に存在していたことも、今思い返すと何か導かれていたように思う。

私が受洗した時は、ザベリオ神父様の銀祝(司祭叙階25周年)の年であり、私は当時の横浜教区司教であった濱尾文郎枢機卿様から堅信の秘蹟を授けられた。

何十年経過しても、ふがいのない信仰だと自分を振り返りつくづく思うけれど、ザベリオ神父様が司祭・宣教師として遠くスペインから日本にいらして50年という年月が流れたことに思いを馳せると、言葉や文化風習の壁に悩まされながらも、常にエネルギッシュに私達の霊性を導いてくださったことには感慨深いものがある。

今日の記念ミサの冒頭「神聖なミサを祝う前に、私達の罪を赦してもらいましょう」で始まる回心の言葉を告白しながら、いきなり涙が止まらなくなる。ここ数ヶ月、自分の心に渦巻いていた汚れをシミジミ感じたからである。

赦しを乞い始まるミサって、改めて凄いな、と実感する

固い話は、さておいて・・・。

50年のザベリオ神父様の記念ミサで、神父様の要望で私のカリスとパテナ、そしてチボリウムが合わせて5組使用されたこと、心から陶芸家になって良かったと感謝したことでした。

今日の司式は、前川登フランシスコ会日本管区長様。司祭8人の共同司式。祭壇の上には、六月の個展で発表した私のカリスとパテナが三組。

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そして御聖堂の入り口には、私の制作したチボリウムが二点、信徒のホスチアが入れられていた。

DSCF1898.JPG

ミサ後、懐かしい長野教会の皆さんとも再会、皆さんも今日のために泊りがけで、桐生にいらしたそうだ。ザベリオ神父様に育てられた言わば「ザベリオ・チルドレン」たちでもある(笑)。
盛大な各国のお料理を桐生教会の信徒さんたちが用意してくださって、庭でのパーティ。外国人がとても多い教会でもある。

美味しいお料理を頂きながら、ザベリオ神父様とツーショット。今日の金祝は、まるで自分の実の父のお祝いをしていただいているかのように嬉しかった。私も心の元気信仰の元気を、たくさん頂戴した。ザベリオ神父様、日本に来てくださって本当に有難う!!
いい仕事ができそうです♪

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記念ミサの最後には、教会学校のこどもたちと一緒に、ザベリオ神父様の歌が披露された。神父様の合いの手(奇声?)には爆笑しました。



ザベリオ神父様自作の「ふるさと」を歌う。
私は神父様のチャリティ・コンサートを企画したことがあり、何度か聴かせていただいているが、今日も会場からすすり泣く声が聴こえた。



「ふるさと」 ザベリオ・イドヤガ/作詞作曲

幼き日、母と二人で、故郷の丘に登りて
眺めたよ、あの山小川。
今はもう、遠いふるさと。

父母よ、ご無事でいてか?
我、今日も神に祈らん。

ロザリオに願いをこめて、静かなる村の教会。

「いつの日か、神の国で」と、
別れの日、誓ったことよ。

今もなお、胸に残るよ
ふるさとの、あのぬくもりが。

我が命、神のみ知るや。
御恵みの尊き使命。

今もまた、愛ひとすじに、
神と人に、仕える羊。




posted by 丸山 陶李 at 22:18 | TrackBack(0) | 夢は枯野を
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