2007年09月06日

あれから六年

2001年の陶李エッセイで、ルチアーノ・パバロッティの引退の事を書いて、引退を惜しんだが、71歳で膵臓癌で、とうとうパバロッティが帰天した。

昨年、トリノ・オリンピックで引退後のパバロッティが相変わらず素敵な声を聴かせてくれ、三大テノールも復活しないかなぁ、と思っていたが、オリンピックでの歌声も耳に新しいまま亡くなってしまった。

パバロッティの訃報に接し、
ん〜。。。
なんか淋しい。。。

The beauty of Luciano Pavarotti, RIP 1935-2007

You Tubeで、パバロッティの歌う「笑え!パリアッチョ」を見つけた。(レオンカヴァッロ作曲:「道化師」より)

■以下2001年「陶李エッセイ集」より■

◆パバロッティの引退


 つい前の日記の中で「ブーイング」を受けたと書かせていただいた「ルチアーノ・パバロッティ」の記事が、今日新聞に出ていた。どうやら65歳の今を最後に引退の意向があるようだ。

 ブーイングを受けたとは言え、身体が楽器となる声楽のプロは、本当に大変だと思うし、またパバロッティの伸びのある高音の美しさを、随分楽しませて頂いた。これからもその名は語り継がれるだろう。

 普段は、オペラにはあまり関心を向けず、古楽一辺倒の私であるが、カレラス・ドミンゴ・パバロッティと三大テノールの競演を、テレビではあるが楽しめたのは、幸せだった。

 カレラスの病魔を克服しての復帰後の歌声の随所に現れた精神性を私は、高く評価している。3人の中では一番小柄なカレラスの歌い上げる曲には、魂が籠もり、人をじっと聴き入らせる何かがあった。歌う姿からも、誠実で真剣な好印象を受け、私は好きだった。

 ドミンゴは、なんと言っても「笑え、パリアッチョ!」が忘れられない。デビューまもなく、人気が鰻登りだった頃のドミンゴの同じ曲を聴いたことがあるが、その若い頃の声量豊かな伸びのある声は、確かに目を引く才能を感じさせられた。

 しかし、最近の「年を重ねてからの」ドミンゴのパリアッチョは、感動だった。声量や声の艶が若い頃と違うと言うことではなく、ドミンゴが生きてきた人生での体験だろう、パリアッチョの悲哀が、ドミンゴによって深く理解され、同化され、心の奥から歌い上げるパリアッチョに変わっていた。

 私は、年を重ねたドミンゴのパリアッチョを聴くたびに、深く感動した。若い頃は、アナリーゼや持っている若さで、それなりに表現したのだろうが、どうも聴き比べると、「字面を追っている」ような感じを受ける。年を重ねることが、彼の芸術性をますます高めたと思っている。年を重ねることが、このようなものでありたいと、思わされた。

 パバロッティの愛くるしさとイタリア人という陽気なキャラクターは、本当に3人の中でもほほえましかった。

 私が、発声講習会でお世話になったM先生曰く、「パバロッティが歌うときいつも白いハンカチを持って、ゆらゆらさせているのはだね・・・あの巨大なお腹が揺れ動くのをカバーするためだな!」と笑いながら話してくれたが、そんなエピソードも、彼には似合う。

 パバロッティには、いろんな噂があった。彼は楽譜を読めないとか、初見が効かないとか・・・そういえば、3人の中ではいつも楽譜に目をやる時間が多いのが目立っていたな・・(笑)

 3人のキャラクターの違い・持っているものの違いが、なんとも言えない充実した時間と空間を埋めてくれた、「三大テノール夢の競演」が、もう無くなるのかと思うと、淋しく思う。

 パバロッティ!ありがとう!
posted by 丸山 陶李 at 21:46 | TrackBack(0) | 夢は枯野を
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