2011年01月12日

物原

陶房横の物原(陶器が捨てられた所)。

monohara.jpg

昔から、物原を漁るのが好きだったので、今も、たまに自分の物原を漁ります(笑)。
陶片は、通常の作陶では気がつかなかったことを意外にも気づかせてくれることもあります。
陶片を片手に、虫眼鏡を片手に、ボーッと過ごす時間に至福を感じることがあります。

身近な人たちに、特に父によく言われました。
「お前は、小さい頃から、ボーッと考え事していることがあったな。」
「そういう時には、声をかけても、聞こえないんだよな。」

自分の個展の時にも、会場で、このトランス状態になることがあります(笑)。
ご来廊いただいている方に気がつかず、こういう状態になっている時に、
お手伝いしてくださった茶道のお友達から、「お客様いらしてるわよ」と、
声をかけられ、気づくことがあります。我に帰ります(笑)。

骨董や、陶磁器を拝見している時にも、なります・・・。
なぜなのか、わかりません。
ボーッとしている時間は、決して「逃げ」ではないのです(弁解)。

「ずっと、見ていたい。」
そう思うと、何事にもかまわれたくなく、囚われたくなく、そのモノを見続けていたいのです。
モノや陶片と、言葉ではない対話を楽しんでいるのです。
その楽しみは、アグレッシブで、何かを教えてくれて、何かを掴ませてくれるのです。

posted by 丸山 陶李 at 05:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗
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