2011年01月08日

私のご飯茶碗

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器屋さんから「飯碗」を置きたいので作ってくれないか?と、電話を受けた時、
「ご飯茶碗は作っていなくて。ハネた茶碗を飯碗に使っているけれど。」
と、申し上げたら、
「ハネた茶碗でいいから、卸してくれない?」
と、仰る。

親しい友人も、「ハネた茶碗や、ハネた器でいいから安く譲って」、と
気安さからか、本気で言ってくる(笑)。

「安かろう、悪かろう」「高かろう、良かろう」という図式とは合わないものが、
作陶の中にはあるということが、なかなか理解していただけないらしい(笑)。

ちょっと欠点があっても(ハネた理由として)、安ければ欲しい、という図式だろうか?

まず、何故この茶碗をハネたのか?ここが私には大切なんですが・・・。

ハネる=作品として世にださない。
欠点があるからではなく、「私自身の目指すところは、まだ先であり、これではない」
と、壊して物原に捨てるものもあれば、家の中だけで使って世にださないでおく、というのが私のハネる理由なのです。

「安くして売ってしまおう」ということは、「安く売れば売れる」構図になるので、自分の精進のためにもできないのです。売り物にならないからハネるのではない、ということが、なかなか理解してもらえないようです(苦笑)。

食卓に並ぶ器は、そういう世にださないでおいた器たちで満席状態です(笑)。

三年前に窯焚きで初めて梅花皮を得た記念すべき茶碗たちの中から、
一碗を「私のご飯茶碗」におろしました。半年ほど前でした。

「ご飯茶碗」は毎日使うものなので、良く育ってくれます。
ハネた茶碗であっても、育ってきたこの一碗は、私にとって愛すべき茶碗になっています。

初公開?「私の愛用しているご飯茶碗」です(笑)。

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posted by 丸山 陶李 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗
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