2010年05月01日

文字を読むということ

動いていても、止まっていても、それだけでは十分ではない・・・と、感じる毎日。

何が足りなかったのかな?と自問する。

本を読む時間。そして、文字を読むという時間。
文字と文字の間の空間をも含めて、良い言葉に出会うと、読んだ文字、触れた言葉が「祈り」となることがある。

現在、私にとって短くても文字に触れ、読み、黙想する時間が貴重な祈りになっている。

祈りが足りない時は、自分が渇いていくような、心の潤いが失われていくような感じがする。

一日一句。良い言葉に触れ、文字を読むことを続けてみよう。
聖書はもちろん、良い言葉の宝庫だ。

今日は、また、マザー・テレサの言葉を一日の終わりに味わった。沁みてくる…。

マザー・テレサの言葉
「学ぶチャンスを逃さないようにしましょう。
うぬぼれたり、ぶっきらぼうだったり、気分屋だったり、自己中心だったり、こんな自分でいることは、いともたやすいことです。
私たちは、もっと素晴らしいことのために創られたのです。
なぜ心の美しさをだめにしてしまうようなことに自分を陥れるのでしょうか。」
posted by 丸山 陶李 at 00:57| 夢は枯野を