2007年03月24日

ジョルジュ・ルオー「傷ついた道化師」

「美の巨人たち」を見た。(毎週土曜日・夜22:00〜・テレビ東京)

神と道化師を描き続けた画家・ジョルジュ・ルオー(1871-1958)。
以前、長野の美術館でルオーの描いたキリストの作品に対峙した時から、
「ステンドグラス」のように黒く縁取られた独特の画風には
衝撃を受けていた。

そして最近、ちょうどルオーの作品と精神性に、とても惹かれるようになっている自分を発見していたところだった。

今日の放映を見て、ルオーが14歳の時にステンドグラスの職人として働きはじめた経歴を知り、その独特な画風が、やはりステンドグラスから影響を受けていたことがわかり納得。

若い頃、ルオーは水彩画で「最も醜い人間ばかり」を描く画家と呼ばれていた。
「人を裁く裁判官」
「娼婦」
「小金持ちの夫婦」
など。
筆のタッチも素早く、水彩画のそれらの絵画からは人間の醜さが溢れていた。

その頃、描いた「道化師」は、暗く、苦しみに満ちた人間の有様を、そして何よりも、とてつもない悲しみをたたえた目を描き出していた。

それから三十年後に書かれた「傷ついた道化師」は、油彩画。
なんどもなんども丁寧に絵の具が重ねられていた。
三人の道化師が、寄り添い、お互いに優しさといたわりをもって歩んでいる。

ルオーの画家としての道のりで、
人間の苦悩や悲哀・醜さ から 
人間への優しさ・いたわり への変遷は
目を見張るものがあり、感動した。

ルオーは、
「もし誰も あなたの絵を見る人がいなくなっても 
 絵を描き続けますか?」

との問いに対し、

「描き続けます」
と断言している。

ルオーにとって、絵を描くこととは
王様でも貴族でも関係なく、その人の「魂」を描きたい、という思いであり、
「描く」ということは、「神との対話」だったのだ。

「神との対話」を通して、
「人間の醜さ」「人間の苦しみ・悲哀」を見ていた画家は、
やがて
「人間の優しさ」「人間の暖かさ」を描くようになった。

このプロセスと、ルオーの絵に今日は、とてつもなく感動。
この感動を、自分の作品へとつなげたいと強く思った。

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posted by 丸山 陶李 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を
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