2006年12月25日

再会

昨日のクリスマス・イヴは、群馬でミサに与りました。

昨日のミサで灯した私のキャンドル。
1224candle.JPG

私が洗礼と堅信を受けた時の神父様が群馬・桐生にいらっしゃるので、
札幌から転居して一度もお目にかかっていないので、
もうかなり前から、一度訪問したいと思っていました。

耳を悪くなさって、ミサの時に倒れられたり、離れていただけに、とても心配していたのです。今年は故郷のスペインに帰られて診療していただき、現在は自治医科大学に通院なさっているそうです。

スペイン・バスク出身のザベリオ神父様は、私の父のようにいつも元気に励ましてくださったり、叱ってくださったり(笑)。でもそんな神父様を教会での父のように慕っている私なのです。

私はフランシスカン(在世フランシスコ会)で、こちらの誓約を立てた時も、ザベリオ神父様に指導をいただきました。
アシジのフランシスコを師父と仰ぎ、「喜び」のロザリオは七連あります。(通常のロザリオは五連)。
どんな時にでも、「喜び」を失わない、フランシスコ会の霊性が好きです。
ある意味、オプティミスト。楽観主義かもしれません。特にザベリオ神父さまはラテン系なので、明るく楽しい方です。ひとり御聖堂で泣きながら祈る姿を、見てしまった時は、一人の肩にのしかかる十字架を思い、私も泣きましたが、そっと祈るしかできないことって世の中にはあるんだと強く思った出来事でした。

私が札幌に在住した居た時にも、何度も仕事でいらっしゃり、その都度連絡をいただいて、お目にかかったり、案内したり、神父様のチャリティ・コンサートを企画したりしました。

これだけつながりが深くなれば、肉親のように神父様の体の状態が気になって、気になって・・・心配で。昨日、桐生に車を走らせながらも、「どうか、元気な姿でミサの説教をしていただけますように。そしてできたら、ミサ後のパーティでもギターで歌を歌ってくれますように♪」と祈っていました。
神父様がギターで歌うなら、私もジャンベで一緒に演奏しちゃおうと企んで、密かに車にジャンベを積み込んで行ったのです(笑)

教会の庭の「ルルドのマリア様」に迎えられて
1224maria.JPG

修道院前でお目にかかり、恒例のハグ!涙がでそうになりました。
あいにく、昨日から風邪を引き込み、体調を崩されていましたが、ミサでの説教は、本当に素晴らしいものでした。なんどか迂闊にも涙がポロリとなりそうになりました。

御聖堂内部
1224omido.JPG

高速道路を使っても、二時間半から三時間かかりました。
ミサが終了したのが、夜9時。
ミサ後のパーティにお誘いを受けたのですが、
愛犬も車で待っているし、帰宅時間が遅くなるので、
丁重にお断りして、帰ってきました。

私たちは、毎日が待降節の中で生きていると考えられます。
 毎日、私たちの中で、暖かくイエスさまを育てて
 私たちの本当のクリスマスは死ぬ時だと言えます。」

「こうしてクリスマスをお祝いできる私たち。
 今、世の中に足りないものの一つは『感謝』です。
 食べられない・家もない・寒さで震えている・薬も与えられない、
 世界には、そういうクリスマスを迎えなくてはならない人が
 数え切れないほどいるのです。
 教会でも、クリスマス前に、小さな募金をし、そういう皆さんにも
 クリスマスを一緒に祝えるように、祈りも捧げてきました。
 忘れないで下さい。クリスマスは「みんな」のものなんです。
 信者だけのものではない。これからも、「感謝」の気持ちを思い起こしで
 精一杯、生きていきましょう」

というかなり端折った内容ですが(ごめんなさい)、ミサの説教でした。
桐生の温度は取手より低いのか、分厚いコートを着ていったのですが、
教会の庭のマリア像やツリーを撮影していたら、すごく寒く感じました。

教会の中庭の大きなツリー
1224tree.JPG

皆さん!メリークリスマス★そしてハッピークリスマス★
私たちが、こうしてクリスマスを祝えることに大きな感謝です。
イエスさまは、生まれる時に宿屋もとれず、馬小屋の飼い葉桶で、お生まれになりました。貧しさの極みです。そんな貧しさのなかでも、死の十字架の上でも、イエスさまは神を賛美しつづけ、信頼しつづけたのでした。

貧しい厩でのご降誕光景
(これは最初にアシジのフランシスコが始めました)
DSCF0170.JPG

神の子であっても、私たちの苦しみ・悲しみ・痛み・喜び・愛をすべて体験されたのです。私たちがどん底の苦しみ・悲しみ・痛みを味わっている時も、決して一人ではないことに思いを向け、感謝して生きていくことができますように。。。そう思い直したイヴでした。

ザベリオ神父様とツーショット
1224zave.JPG

教会の庭で待ったくれていた愛犬(おまけ)
DSCF0160.JPG

心を洗われて、後にした桐生教会の聖堂
DSCF0148.JPG

皆さん、今年もありがとうございました♪
なによりも、今こうして私が在ることに、多くの方々が関わってくれていること、ひとりじゃないことに心から感謝します。
posted by 丸山 陶李 at 11:36| Comment(0) | 夢は枯野を
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。