2006年11月22日

思い入れだけでは

デジカメのお陰で、自作を撮影し、すぐにパソコンで見る事ができるのは
数年前には、考えられなかった事。
フィルムで撮影し、現像にだして、早くとも写真として見る事ができるのは、数時間後だった。
これは、とってもありがたいこと。

フィルム代や現像料も、いらないから尚更ありがたい。

一旦、作品を離れてパソコンで見ると、土に向っている時には
見えていなかったものが、見えてくる。

「いくら思い入れのある作品でも、客観的に見る必要がある」
と、フィルム現像時代から思っていたけれど、

今日も、成形の段階でデジカメで撮影して、
これからの轆轤挽きのイメージングと、客観的に造形を見てみた。

たとえ見る人が許せる範囲と思ったり、見逃したりすることでも、
自分で納得できないものは、焼成してはならない。と思う。

なぜなら、それは人をも騙す作業になるから。
自分の目と、自分の思いは、自分のためにも、
厳しく育てていかなければと思う。
自分を欺き、人を欺くような作品を良しとするなら、
壊したほうがいい。

壊す時の快感は、物原へ投げ入れなくてはならない窯出し作品への
申し訳なさとは違って、再生という希望を残してくれる。

今日の仕事画像を見ながら、考えたこと。

これから倒していく大皿二点。
明日は、どちらかが壊される。
1122CA330010.JPG1122CA330011.JPG

うちのワンコ用のフード入れ(お犬様!笑)
1122CA330003.JPG

posted by 丸山 陶李 at 16:30| Comment(0) | 夢は枯野を
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