2008年07月21日

人間の塩詰め

「かれらの入牢は七年におよんだ。天皇陵盗掘に直接手を下した嘉兵衛、和助、半蔵、佐蔵のうち佐蔵を除く三人は長い獄中生活の中で病死した。だが、特に重罪と目されたかれらの死体は塩詰めにして保存されていた。処刑が行われたのは一八五八年(安政五年)三月五日。ただひとり生き残っていた佐蔵は他の三人の塩詰め死体ともども奈良の町を引き回しのうえ、磔(はりつけ)に処せられたのである。」(平凡社選書142『墓盗人と贋物づくり』より)

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毎日、通勤電車の中で貴重な読書の時間を持っているけれど、思ったより、この本を読破するには時間がかかってしまった。

東京国立博物館に展示されている弥生時代の多鈕細文鏡(生駒山脈の中腹で発見されたもの・本の表紙画像)が朝鮮半島や旧満州、あるいは村人の手に、と四散した破片が、ふたたび接ぎ合わされて現在の姿に復するまで、その流転の歴史は、日本考古学の正史の上では語られることのない謎であった。・・・表紙解説より。

この古鏡の謎や、本のタイトルでもある墓盗人・贋物づくりという内容に大変興味をもったのだが、面白いだけではなく、人間の心理までも伝えられた事実から推測している部分に、一種の納得できるところがあった。

冒頭の引用文は、「成務天皇陵」「垂仁天皇陵(宝来山古墳)」「称徳天皇陵(現・神功皇后陵)」や神社の宝蔵などにも侵入し盗掘した墓盗人への処刑の様子である。

以前、北海道在住の時、ある神父様が北海道でのキリシタン迫害史を研修され、冊子を出版されていた。お誘いいただいて神父様の講話にも出席させていただいたのだが、その時に確か函館だったと記憶しているが、キリシタンが塩詰めの処刑とされている記録が残っていた。

「墓盗人と贋物づくり」には、「天皇の墓盗掘は大きな犯罪・不敬罪とされたので極刑の”磔”になった」と書かれていたが、キリシタンの迫害でも塩詰め(こちらは、生きたまま塩詰め)。人間の考えることは恐ろしい、と感じる。

さて、金曜日は「コンサート」、土曜日はカルチャーセンター受講生の皆さんと「暑気払い」。日曜日は映画館で「ゲゲゲの鬼太郎」を見てきた。

「ゲゲゲの鬼太郎」に韓国からソ・ジソブ(ファンなんです・笑)が「夜叉」役で出演したので、それを見るため。

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妖怪の元締め「ヌラリヒョン(緒形拳・役)」がクライマックス近く(ソ・ジソブの夜叉と鬼太郎が闘う場面)、
「鬼太郎、いつまで人間の肩を持つ?人間は憎しみあい、妖怪をさげすみ・・・」と言う場面があったが、たしかに人間は、ある時妖怪以上に怖い者となりえるよな・・と一人考えていた。

映画館のなかで途中、こどもたちが
「ママ、怖いよ〜」という声が聴こえてきた。
小さい頃って、出演者(役者)を知っているわけでもないので、純粋に映画の画面、つまり演技や役者やストーリーが怖かった記憶が私にもある。

バーチャルの世界とリアルの世界が、子どもの頃は分別しにくかったのだろうなぁ、と妖怪を見ても「あ、あの役者だ!」としか感じない今の自分が当時の両親と重なった(笑)。

「人間の塩詰め」「ゲゲゲの鬼太郎」で何を書いておこうと思ったのかというと・・・時に人間は妖怪よりも恐ろしい。という納涼向けの話題でした。

※追記
 「贋物作り」が盛んに行われた、しかも陶器など堂々と行われていた記録がありました。贋物づくりの作った作品が今、古物・骨董として時の経過とともに、本歌と混ざってしまっているだろう。鑑定家でも見誤りがあるだろうな、と思います。本歌を見続け、目を養うこと、大切ですね・・・。
posted by 丸山 陶李 at 19:56 | TrackBack(0) | 夢は枯野を
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