2011年07月26日

白い井戸茶碗

先日、ブログで紹介した頭洞里の陶片の中にも白い梅華皮がでた陶片があったが、
白い井戸(茶碗)が、土と釉薬のテスト焼成で生まれた。

梅華皮が大きくできて、というよりも、釉飛びが激しく(笑)、
「白」といっても、象牙色のような白で、これも面白いな、と思った。

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前にも、カオリン質の土と赤い土とを混合して焼成した時に、白い茶碗になり、不思議だなと思っていた。
合わせる赤色の土の鉄分の状態によるのか、カオリンが鉄分を吸収してしまうのか、
焼成温度と関係あるのか、私には、はっきりとはわからない。

しかし、頭洞里の白い梅華皮のでた井戸(茶碗)の陶片は、
釉薬は白く、胎土は枇杷色のまま焼けていた。
不思議がいっぱいな、テストの繰り返し。そして「失敗」という師に学ぶ日々。
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左→6月の釉薬調合で出た梅華皮
右2つ→今日7月26日、窯出ししたテスト焼成での梅華皮

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7月19日に窯出ししたテスト焼成での梅華皮
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梅華皮も、様々な条件で表出させられるものなんだな、と学んでいる。
さて、「私の井戸茶碗」には、どの梅華皮が似合うだろうか、と考えなおす。釉薬の濃度によっても様々な表情を見せてくれる。
posted by 丸山 陶李 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年07月11日

井戸茶碗の故郷を訪ねて[2]

7月8日、井戸茶碗や熊川陶磁の土や釉薬原料がすべて採取された宝賠山(ぼうばいさん)に登った。
宝賠山は、広く繋がる大きな山で、そのカオリン鉱脈も頭洞里の井戸茶碗古窯址まで続いている。
山の上に行くほど純粋な成分で風化もすすんでいない鉱物だと案内してくださった崔熊鐸先生に伺った。
さて「井戸茶碗の故郷を訪ねて[2]では、宝賠山で土を採取した時の写真を何枚か紹介させていただきます。

宝賠山
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頭洞里の熊川陶磁資料館を望む。山々は宝賠山、いくつもの山が続いている。
写真、右下に頭洞里古窯址がある。
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この山の三白土の、白い部分のカオリンと赤い部分のカオリンを混ぜて、枇杷色を呈する胎土が用いられてきており、その白土、赤土、黄色土の混ぜ具合によって、また採取された場所によって様々な胎土の色が現れる。

掘り出した三白土
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当日、掘ってきた土は、山の麓の風化の進んだ部分であるが、美濃のモグサ土に似ている。
掘り上げた三白土や赤いカオリンなど、原材料となる石(土)は、何年も風雨にさらし、篩い通しされ、可塑性を増し初めて粘土として用いられる。

宝賠山の土を採取した場所
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スコップで掘った跡
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掘り出した土
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赤いカオリン(左)と三白土(右)これらを混ぜて井戸茶碗の枇杷色の胎土が作られている。
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宝賠山の麓の桔梗畑、美しく咲いていた。根が薬に用いられる。
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崔先生の土や釉薬は、庭に大きなタンクをいくつも置いて、掘り上げ、篩い通しした土や釉薬を何年も雨水にさらしている。何年も、タンクの中で風雨にさらされた土は、粘りがあり、良い土や釉薬にする秘訣は、雨水にあると仰っていた。

昔から、雨が降ると陶工たちは喜んだそうだ。「雨」がよりよい土や釉薬に変化させてくれると信じていたからだ。日本でも「孫子の代まで土を残す」と言われるが、やはり風雨にさらして寝かせた土は熟成し、轆轤を挽くにも、何年も寝かせた土は、轆轤技術が向上したかのように思い違いするほど扱い易く可塑性に富んだ土へと変化する。

釉薬に使用される水乙土は、晋州の産のものが良いとのことだったが、晋州といえばカオリンの有名な産地でもある。ある陶芸家は、あまり知られていないが、慶州に産するカオリンが一番だと、書いていたのを拝読したことがある。

黒高麗(黒天目)に用いられてきた石。頭洞里古窯の小川脇で。手で簡単に割れる。
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庭で風雨にさらされていた黒高麗の釉石。600度で仮焼し、砕き、メッシュを通して使われる。
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頭洞里の素焼き陶片
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頭洞里の陶片
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posted by 丸山 陶李 at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年07月10日

井戸茶碗の故郷を訪ねて[1]

7月2日から9日までの7泊8日の旅は、井戸茶碗の故郷「熊川陶磁址」「頭洞里」を訪ね、また頭洞里のある宝賠山(ぼうばいさん)で、かつて井戸茶碗の成形に用いられた三白土を実際に採取してきた。

現在、熊川古窯址「頭洞里」には、資料館が建設中で、資料館をはさんで上下に古窯址が二つあった。
資料館の上には、青いビニールシートで覆われた登り窯の窯址。そして下方には小川の流れる松林に小さめの割竹式登り窯の窯址。いずれも原型をとどめていないが、付近にはたくさんの陶枕(トチン)や、窯壁、陶片などが埋れていた。

宝賠山は、その名の如く、かつて熊川陶磁の原材料がすべてこの宝賠山から採取できたほど、宝の山であり、その貴重な土(カオリン)は山全体を構成している。三白土と呼ばれている井戸茶碗に用いられたカオリンは、韓国のどこにでも存在しているものではないという。赤・黄・白の三色の混合がみられるカオリンである。粉青沙器・井戸茶碗・黒天目・軟質白磁・熊川茶碗・青磁など、美しい陶磁器が焼かれ、この熊川の陶工であった「巨関」は125人の陶工とともに日本に連行され、現在の三川内焼きの祖となっている。

私にとって長年の夢であった井戸茶碗の故郷「頭洞里」を訪ね、かつての陶工たちの心を感じ、その土に触れることが実現した。この夢を実現させていただいた崔熊鐸先生に心から感謝している。

今回[1]は、多少ではあるが、その旅の中から、まず頭洞里を紹介させていただきます。

建設中の熊川古窯址資料館
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資料館後ろには登り窯も用意されている。
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登り窯のカーブに用いられるマンデンイ
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熊川古窯址について説明されている看板(大きな登り窯址の前)
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頭洞里古窯址(大きな登り窯)
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資料館下にある松林内の古窯址(小さめの割竹式登り窯址)
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頭洞里で見つけた箆切り高台(高台切放し)の陶片
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頭洞里古窯址の陶片
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三島の施釉前の陶片
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posted by 丸山 陶李 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗