2011年02月11日

雪がすべてを真白に包む



雪がすべてを真白に包む
冬がそれだけ汚れやすくなる
汚れを包もうと また雪が降る
---私は 見えない時間に包まれている

混声合唱組曲「心の四季」より「風が」
作詩 吉野 弘  作曲 高田 三郎

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かつて所属していた合唱団で合唱祭に、この曲を歌った。
厳しい指導で有名だった指揮をされた先生も、すでに他界された。
(作曲者の高田三郎先生の指導も、相当厳しかったことは有名ですが…。)
歌は、歌詞と旋律が、体に涵養されて、
ふと、口に出てくる。

高田三郎氏のその旋律の美しさに、吉野弘氏の歌詞の深さに、
年を重ねて、ひとしお感じ入るものがある。
今日は雪。
posted by 丸山 陶李 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2011年02月07日

目に見えないもの

オブレート会の修道司祭であるレモン・ブルゴアン神父様(母校でフランス語を教えていただいた一人)に、受洗の報告に手紙を書いた時、
日本語で「ご苦労なことだと思います」と、返信をいただいたのだった。
あれから二十年以上経った。

洗礼の恵みをいただくと、通常は「おめでとうございます」と言葉を戴くことが多いのに、
ブルゴアン神父様の言葉は、十字架を背負って歩くことに対しての洞察からきたものだろうと、この言葉を、時折、思い出して反芻していた。

次から次へと順風満帆とは言えない風が吹いたし、嵐の中も歩き続けてきたように思う。
もちろん、平安のうちに、この世の天国を身をもって体験することもあった。

母の帰天が2005年だった。
母の誕生日。父と二人で誕生日のお祝いをし、「おいしい」とお寿司を食した後、台所まで歩いて行き、息をひきとった。持病の心臓病があったが、病院に入院することを嫌い、「ポックリ逝きたい」と、口癖のように言っていた母にとって、願い通りの召され方だったと想う。

母を送って、5年半。
一人暮らしになった父の近くへと、私は、札幌から現在の取手市に住居を移した。
父は、母との思い出の場所を一人訪ねては、その場その場をカメラで撮影することもなく、
心に刻んでいた。
3月と9月のお彼岸には、母の墓前で、持参したおにぎりを食し、母と対話していた。

母は、台所で倒れ、脈もなくなったが、救急車で搬送され、私がかつて勤めていた北里大学病院に運ばれたが、人工蘇生で、「長くても、あと8時間です。覚悟してください。」と医師に告げられた。

その母の誕生日。帰天した日。私は、札幌からフェリーに乗り、大洗港から東京に向かって車を走らせていたのだった。脳裏で「母の誕生日だなあ」と、考えながら。父母の所に向かうつもりではなく、所用で東京に向かっていたのだった。
携帯電話に、母が救急車で病院に運ばれたことの連絡が入り、急遽、病院に向けて走ったのだった。

今、思うと「神のはからいは限りなく生涯わたしは、そのなかに生きる」という詩篇が脳裏を過る。台所で、そのまま臨終となっていたら、私が病院に駆けつけても冷たくなっていただろう。しかし、救急隊と医師の処置で、心肺停止を免れ、後8時間の生命を持続できていたのである。

私は、病院に到着し、医師の話しを聞いた後、持っていたペットボトルのジュースで、私自身の手によって、母に臨終の洗礼を授けた。カトリック教会の要理の勉強に、受洗後もずっと通わせていただいていたおかげで、緊急時の洗礼は誰でも信者であれば授けることが可能である、ということを知らされていたのである。

葬儀の段取りになり、神父様に「緊急の臨終の洗礼」を認めていただけて、母はカトリック信者として、葬儀をあげていただいた。臨終の洗礼だから、母は、一度もご聖体をいただけなかった。

母の葬儀、洗礼台帳への記載、とお世話になったT神父様。
何度か、父と共に、その後も教会を訪れて、T神父様を信頼した父は、洗礼への希望を少しずつ固めていった。熱心に教会に通うわけではなかったが、毎朝仏壇・祭壇・神棚への祈りはかかしたことがなかった。「それで充分です」と仰ってくださったT神父様の言葉に、どれだけ父は、安堵し信頼したことだろう、と感謝せずにはいられない。

この5年半の間に、父は癌の宣告を受け、治療中。なおかつ昨年は、鼠径ヘルニアの手術も重なった。術後、退院した翌日だった、まさか!と思っていたのに、父が私の丸善芸術祭に足を運んでくれたのである。「無理しないで」と言ったのに。私の個展があると、それを楽しみに足を運んでくれ、「がんばれよ」と励ましてくれる父だった。

父が信頼していたT神父様のお心遣いの中、2月6日(日)に、父は洗礼・堅信・初聖体の恵みをいただきました。

私が、以前父に譲ったロザリオを手に、代父に支えられて、一人だけの洗礼式をあげていただいた。洗礼式を終え、父の写真を見ながら、今日一日、涙が溢れて止まりませんでした。
今日は、父の86歳の誕生日でした。大きな恵みをいただいた父の誕生日でした。

あのアシジのフランシスコが愛した「単純さ」そのものを持っている父です。
難しい理屈も、要理も、わかりません。
でも、私は、この父が私を愛し育んでくれたからこそ、神の愛がわかるようになりました。
アガーペ(無償の愛)。
愛を教えてくれたのは、この父です。
その父が、洗礼の恵みをいただけたことは、天の父のはからいではないでしょうか?


思えば、私の洗礼の時の、ブルゴアン神父様の言葉。
「ご苦労なことだと思います。」
その苦労を、もうすでに、共に歩んできてくれた父だったのです。

父は、洗礼式の後、私に「ありがとう」と言いました。
私は父に、「私に神様の愛を教えてくれたのは、おとうさんなのだから、私こそ、ありがとう」と言いました。


母の帰天から、父の洗礼の恵みまで、5年半。
準備を大切にするカトリック。5年半は短いのか長いのか。
いいえ、これこそ、神のはからい。長さでも短さでもなく、神の恵みの時だったのです。
目には見えないものの「すべてに時がある」ことを、ゆっくり待ち続けての父の受洗でした。

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Today, my father was baptized. Baptism, Confirmation name is Joseph. I learned about love from my father. So that my father received the blessings of baptism, I was touched.(2/6 on my facebook)



posted by 丸山 陶李 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を