2011年01月25日

あの轆轤目

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この井戸茶碗を、なんと見るかは、見る方にお任せしましょう。

今年の私の井戸茶碗の課題の一つが、「あの轆轤目」なのです。



posted by 丸山 陶李 at 04:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年01月12日

物原

陶房横の物原(陶器が捨てられた所)。

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昔から、物原を漁るのが好きだったので、今も、たまに自分の物原を漁ります(笑)。
陶片は、通常の作陶では気がつかなかったことを意外にも気づかせてくれることもあります。
陶片を片手に、虫眼鏡を片手に、ボーッと過ごす時間に至福を感じることがあります。

身近な人たちに、特に父によく言われました。
「お前は、小さい頃から、ボーッと考え事していることがあったな。」
「そういう時には、声をかけても、聞こえないんだよな。」

自分の個展の時にも、会場で、このトランス状態になることがあります(笑)。
ご来廊いただいている方に気がつかず、こういう状態になっている時に、
お手伝いしてくださった茶道のお友達から、「お客様いらしてるわよ」と、
声をかけられ、気づくことがあります。我に帰ります(笑)。

骨董や、陶磁器を拝見している時にも、なります・・・。
なぜなのか、わかりません。
ボーッとしている時間は、決して「逃げ」ではないのです(弁解)。

「ずっと、見ていたい。」
そう思うと、何事にもかまわれたくなく、囚われたくなく、そのモノを見続けていたいのです。
モノや陶片と、言葉ではない対話を楽しんでいるのです。
その楽しみは、アグレッシブで、何かを教えてくれて、何かを掴ませてくれるのです。

posted by 丸山 陶李 at 05:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年01月10日

鼠志野飯碗

1月8日のブログに「ご飯茶碗」は作っていない、自分用にはハネた茶碗を使っている。
と、書いてから、

「あ!一碗だけ、ご飯茶碗を販売している。」と思い出した(笑)。

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丸善芸術祭に、ご来廊いただいた方に
この「鼠志野飯碗」は嫁いでいったのでした。
おととしご注文を頂き、昨年の3月に納品した「鼠志野フリーカップ」を制作した際に、
少しばかり轆轤に余った土があり、飯碗を一つだけ挽いたものです。

posted by 丸山 陶李 at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 志野・鼠志野

2011年01月09日

井戸茶碗「俄羅奢」僥倖

手元を離れた器や茶碗たち。
どのように育っているのか、作り手として一番の楽しみでもあります。

たまに、お客様がお使いになっている様子の写真を送って下さったり、
絵手紙に作品の絵を添えて送ってくださったり、
手元を離れた後の育ち具合を拝見する機会は少ないだけに、
感慨もひとしおです。

昨年の秋、丸善芸術祭で「私の井戸茶碗」として初めて展示した「俄羅奢」。
目指す「大井戸茶碗」への道程での一つのエポックである茶碗ですが、
私のクリスチャンネームの「細川ガラシャ」を銘として発表させていただいた茶碗ですので
私なりに、この茶碗への思いは深いものがありました。
「俄羅奢」一碗だけが「私の井戸茶碗」として現在、発表している茶碗です。

何年も、私の井戸茶碗を待っていてくださった方の手元に嫁いで行きました。

箱書きを終えてお送りする時、梱包前には、何枚も「俄羅奢」の写真を撮影し、
その姿、手取り、口当たりなどを心に刻んだものでした。

「俄羅奢」を所蔵していただいている方から、何年か前に、頂戴したメールには、
こう記されておりました。(ご本人の了承を得て紹介させて戴きました。-太字部分-)

陶李さんはじめまして。
いつもHPならびにブログを楽しく拝見しております。
仕事や毎日の生活で行き詰まったとき陶李さんのエッセイで救われたことが数多くありました。

実は今月銀座で行われる予定でした個展を楽しみに待っておりました。
といいますのも私も陶芸をやっているのですが、殊に井戸茶碗に魅せられておりまして、
陶李さんの『右近』そして『ガラシャ』を楽しみに待っていたのです。

私が茶碗に惹かれる理由は作り手の精神性と言うか霊性が深く宿る器であるからです。
いつか自分で作る時の(まだまだ技量的に無理ですが)お手本として、そして我が家の家宝(ちょっと大げさですが)として今回の個展で購入させていただきたいと考えておりました。

実際、一介の平凡なサラリーマンの私の少ない懐で購入させていただける額のものか、いろいろ思案して、逡巡しているうちに月日は流れ、今日思い切ってメールさせていただいた次第です。

陶李さんが長い間研鑽を積まれた茶碗ですのでもう大部分嫁ぎ先は決まっていると思いますが、もし余裕がございましたらそのうち一つを私にお譲りいただけないでしょうか?

誠に勝手なお願いではありますがご検討いただければ幸いです。

私は知的障害者の福祉施設で窯業を担当しておりまして、『陶セラピー』にも大いに興味を持っています。仕事をしていくうえでも陶李さんには大変お世話になっています。


そして、時は流れ二年前。私はアルバイトのWEB制作で右手を痛め、リハピリ生活を余儀なくされました。轆轤も挽けない、菊練りもできない状態に絶望し、陶の道を捨てざるを得ないかと重苦しい毎日を過ごしておりました。

その方から、次のようなメールが届きました。

私は井戸茶碗に魅せられ、自分のとっておきの一碗を欲しいと思っていますが、それ
は井戸茶碗だったら誰が作ったのでも良いのではなく、陶李さんの井戸茶碗が欲しいのです。

今、もしかしたら陶李さんが苦しみの中にあるとしても、何の力を持ち得ない私です。

ですが、陶李さんの存在が生きる勇気であったり、喜びであったり、希望を与えられ
ている人間がいることを忘れないでください。


このような経緯の中で、昨年「俄羅奢」を初展示させていただいたのでした。
今は、右手も少し回復し、轆轤も挽けるようになり、「私の大井戸茶碗」を目指して、
自分を鼓舞させながら、作陶できるようになりました。この道で生きていけよ、との恵みをいただいているのだと感じています。

新しい年、2011年が明けて、
「俄羅奢」の思いがけぬ姿を拝見する恵みをいただきました。
(俄羅奢=Gratia=聖寵、恩寵、恵み。という意味です。)

「俄羅奢」を所蔵されている方のブログ「我が師は半泥子」の中で
昨年の大晦日の「俄羅奢」の姿がこう紹介されていたのです。

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私にとって今年の一番の出来事はやはり、丸山陶李さんの井戸茶碗『俄羅奢』と出会えたことです。
これはまさに僥倖と言うべき出会いでした。

今年1年の帰し方を、つばらつばらと振り返りつつ、俄羅奢でお茶を一服いただきました。

大晦日、家族が寝た後、俄羅奢を共箱から丁寧に取り出し、全くの自己流でお茶を点ててみました。
ブログに載せようと思って写真を何点か撮ったのですが、写真に映った俄羅奢の立ち姿の神々しさに思わず息を呑み込んでしまいました。
物に魂が宿るって本当なんだなとしみじみと感じました


そして『俄羅奢と出会えて良かった』心からそう思いました。


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「私の井戸茶碗」への思いが、「俄羅奢」の中に魂を宿らせたのでしょうか。
物に魂が宿る・・・
私にとっても「俄羅奢」は、神との共同制作で生まれた茶碗であり「僥倖なる」茶碗であります。

何年も待っていただいて、ようやくお届けした「俄羅奢」でした。
まだ私の井戸茶碗を待っていてくださる方がいらっしゃいます。ありがたいことです。
厳選してお届けできるように、さらに精進を続けてまいりたいと、年頭にあたり思います。
待っていてくださった方にも、まだ待っている方にも、心から感謝です。
なぜなら、私に生きる力をくださっているからです。


posted by 丸山 陶李 at 18:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年01月08日

私のご飯茶碗

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器屋さんから「飯碗」を置きたいので作ってくれないか?と、電話を受けた時、
「ご飯茶碗は作っていなくて。ハネた茶碗を飯碗に使っているけれど。」
と、申し上げたら、
「ハネた茶碗でいいから、卸してくれない?」
と、仰る。

親しい友人も、「ハネた茶碗や、ハネた器でいいから安く譲って」、と
気安さからか、本気で言ってくる(笑)。

「安かろう、悪かろう」「高かろう、良かろう」という図式とは合わないものが、
作陶の中にはあるということが、なかなか理解していただけないらしい(笑)。

ちょっと欠点があっても(ハネた理由として)、安ければ欲しい、という図式だろうか?

まず、何故この茶碗をハネたのか?ここが私には大切なんですが・・・。

ハネる=作品として世にださない。
欠点があるからではなく、「私自身の目指すところは、まだ先であり、これではない」
と、壊して物原に捨てるものもあれば、家の中だけで使って世にださないでおく、というのが私のハネる理由なのです。

「安くして売ってしまおう」ということは、「安く売れば売れる」構図になるので、自分の精進のためにもできないのです。売り物にならないからハネるのではない、ということが、なかなか理解してもらえないようです(苦笑)。

食卓に並ぶ器は、そういう世にださないでおいた器たちで満席状態です(笑)。

三年前に窯焚きで初めて梅花皮を得た記念すべき茶碗たちの中から、
一碗を「私のご飯茶碗」におろしました。半年ほど前でした。

「ご飯茶碗」は毎日使うものなので、良く育ってくれます。
ハネた茶碗であっても、育ってきたこの一碗は、私にとって愛すべき茶碗になっています。

初公開?「私の愛用しているご飯茶碗」です(笑)。

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posted by 丸山 陶李 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2011年01月07日

My Works on Facebook

私が facebook のアルバムで紹介している最近の作品です。
http://www.facebook.com/album.php?aid=2632&id=100001827578361&l=2d98b570f2
ブラジルから日本語でメッセージを頂いたり、海外で陶芸をなさっている方々のコメントは、励みになりますし、新鮮です。
posted by 丸山 陶李 at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 制作過程・窯出し作品

2011年01月06日

恩人・熊谷忠雄さん「指」

指(Kさん=熊谷忠雄さん)

 2002年、私はひとり札幌から愛車と共にフェリーに載って、日本海を岐阜へと向かった。
岐阜の旅は、当初からの目的でもあった、瑞浪のKさんとお目にかかることだった。

 「泊まるところの心配は要らないで、一度いらっしゃい・・・」との言葉に、岐阜の山の中を目指して一路車を走らせたが、到着したその日から、土や長石や焼成についての話は、私にとって実に有益なものばかりだった。

 Kさんの工場には、テストピースがたくさん。Kさんばかりではなく、あらゆる陶芸家のテストピースもころがっている。

 欠けてしまった陶器でも、ダンボールの中で輝いているものがある。一味も二味も違う。その陶器から出ているオーラが、私を捉える。思わず手にとると、超有名な○○氏の作品だったりする。

 Kさんに「○○さんのだよ」と作者の名前を聞いて、やっぱりホンモノの陶工が作ったものは違うなぁ、と思う。ダンボールの中に無造作に放り投げられていても、光り輝いているのだ。

 そんな陶器やテストピースが、ごろごろしている。

Kさんの一言に、私は、「この人は、やっぱりホンマモンだ!」と思う。その一言とは・・・
著名・有名・超有名作家が、Kさんの土や釉を使用していることが、手にとるようにわかる。私が手にしたことのある、ある陶工の志野も、Kさんの土と釉だろうと直観した。
しかし、Kさんは、著名・有名・超有名な作家たちが、自分の土や釉を使用しているということを、自分で言う人ではない。「そういうのは、大嫌いなんじゃ・・・」とおっしゃる。


 ある作家の志野の茶碗を見せて、その高台の削りだしについて、道具から削り方まで、伝授してくださる。Kさんは、言う。「せっかく『指』があるんじゃから、『指』を使わない手はないで・・・」と。

 なるほど!見せていただいた志野茶碗の高台は、確かに「指」で削られているようだ。

 「作品を持ってきて、見せてくだされば、何か良い土も選べるじゃろう」と訪問前に仰ってくださったので、私の作品を何点か持参し、Kさんに見ていただいた。

 Kさんから、頂いた言葉は、嬉しかった。そして、何よりも、粉引に使う土を(これは市販していない)、特別分けていただけることになり、Kさんが、掘ってきた土や長石の積んである山にも、案内してくださり、ひとつずつ、説明してくださった。

 Kさんが焼成した茶碗の中に、ひとつ気になる志野茶碗を見出し、「これは・・・?」と、私は思わず口にだした。私が李朝の陶磁器にのめりこむきっかけとなった愛読書の著者、立原正秋が生前、加藤唐九郎と出会い、ひとつの志野茶碗に銘をつけた。「紫匂(むらさきにおい)」と。

 「紫匂」と銘をつけられた紫に発色した志野茶碗に、よく似た茶碗が、そこにあった。

 岐阜のKさんの見せてくださった紫色に発色した志野茶碗は、本当に加藤唐九郎の「紫匂」とよく似ていた。それについて私は、食い下がるようにKさんに質問をした。

 やはり「土」と「焼成」だった!Kさんは、惜しげも無く、私に、その紫色の志野茶碗ができた過程を伝授してくださった。Kさんの繰返してきたテストによれば、ガス窯で、およそ6日間焼成して志野を焼く。今の私の灯油窯では、おそらく6日間にわたる長い焼成はできないだろう。

 惜しげも無く伝授したくださった志野の焼成パターンを、いつか自分で試してみたいと願う。Kさん曰く、「個展を2回くらいやって、まずガス窯を買い、それから薪窯でもよかろう」と言うことだった。

 私は、そんな本物のKさんから、「あなたは、一点ものでやっていける。轆轤がうまい。この茶碗は良い茶碗じゃ。」と身にあまる言葉を頂いた。誰よりも、Kさんからの言葉がうれしく思えた。Kさんとの出会いは、私の陶の道での恩人との出会いであった。

独学で孤立無援。一人、テストを繰り返してきた私には、暖かい見守るような言葉で包んでくださり、時には加藤唐九郎さんの陶芸資料を読み返し「唐九郎さんは高麗には○○の土が良い、と言っていたが使ってみるか?」と、電話でも、その後何度も、ご示唆をいただいた。忘れ得ぬ恩人である。

 粉引の土については、(当時)現地では内緒だったらしい。「あなたが、一生懸命だからね、これ分けるから・・・。あなたが一生使う分くらいは、あるでね」と言って頂いて持ち帰ってきた。

 Kさんの土を叩き土にして、粉引茶碗を窯だししたら、Kさんに送るつもりだったが叶わなかった。そして、Kさんは、「なにか、参考になりそうな物がとれたら、送るでね!」と言ってくださった。

 私の「大井戸茶碗」は、Kさんの土で生み出したいと、今日も轆轤を挽いている。陶房で土に触れる時、いつもKさんの事を思い出す。先日は、かつて送っていただいた「柿野」の土を練りながら、Kさんの言葉が繰り返し脳裏に浮かび、涙がとめどなく流れ、土に涙も練りこんだ。きっと!今年こそ!「私の大井戸茶碗」を!Kさんの土で!

2002年Kさんと
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Kさんから頂いて陶房に今も置いてある長石の原石たち
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posted by 丸山 陶李 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2011年01月05日

器の味

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年末から正月三が日もアルバイトで、ゆっくりできなかった。
昨日、今日と二日間、遅めのお正月。
三が日のおせち料理は、こどもたちがお重に詰めてくれて嬉しかった。
娘も、おせち料理を大分覚えてくれたようだ。

娘も帰って淋しくなったが、
昨晩、久しぶりに一人、食べ物の補充に買い物に出た。

お正月の残り物でしょうか?
塩数の子やタコなど、まだまだお正月料理の名残が並んでいます。
それも、安くなっていて…。

年末以来ですが、再び塩数の子の塩抜きをし、タコのサラダを作り、
クリスマスの残りの赤ワインで、ちょっとシミジミしている年頭です。

大井戸茶碗が今年こそ生まれてきますように。
土と炎と、向きあって行きたいものだと思います。


独酌前に、写真を撮影。
「刷毛目盃」には数の子を。
「三島手十字紋輪花鉢」には蛸サラダを。
「井戸馬上杯」には赤ワインを。

器の味を楽しみながら。
器と語りながら。

思いめぐらすひと時です。
posted by 丸山 陶李 at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

斑模様の唐津土

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唐津には色々な土がありますが、岸岳近くの原土を焼きましたら、
「斑」模様になりました。

「斑唐津」は藁灰釉の景色からの呼称ですが、この土は「土自体が斑模様」です(笑)。
面白い土が色々ありますね。

この斑模様と土味を眺めていたら、茶碗を挽いたら、かなり詫びた風合いの茶碗になりそうだな、と、うずうずしてきました(笑)。
posted by 丸山 陶李 at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 制作過程・窯出し作品

2011年01月02日

2011年 私の一文字

2010年の私のTwitterでのつぶやきから【2010年の私を一文字で表すと「土」】でした。
土についてのつぶやきが多かったのでしょう。

2011年の幕開けと共に、今年の一文字として、やはり「土」を書初め。
パソコンで書いていただいた文字で、私の直筆ではありません(笑)。

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posted by 丸山 陶李 at 17:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 夢は枯野を