2010年12月29日

Pie Jesu

Pie Jesu, Domine Dona eis requiem.

慈悲深き主イエスよ 彼らに安息を与え給え

Dona eis requiem Sempiternam requiem.

彼らに安息を 永遠の安息を与え給え

Gabriel Fauré(1845-1924)
『レクイエム(Requiem) ニ短調 作品48 第4曲 Pie Jesu』



今年は喪に服しております。
お世話になりました皆様、応援してくださった皆様、
ありがとうございます。
良いお年をお迎えくださいますように。

posted by 丸山 陶李 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2010年12月26日

涙の降誕節

クリスマス・イヴは娘の誕生日でもあった。
祝ってくれる人、お祝いの言葉を掛けてくれる人、共に喜んでくれる人。
人の中で生きて、生かされている私たち。

貧しい馬小屋で、権威をかざして王として君臨し支配するためではなく、貧しい人々の救いのために生まれたイエス様。人間としてお生まれになった神の独り子イエス様の誕生、十字架と復活、この三つは切り離しては考えられない。

誕生があり、十字架があり、復活があるのだ。
幼いイエス様が今日も、そして毎瞬、私の中にも生まれ、育てていけますように、と十字架を見つめつつ日々を送らせていただいている。

世界中の人々が、宗教を超えて救い主イエス・キリストの誕生を祝う。
この日本でも。

しかし、どうだろう。
「与えるよりも受ける方が幸いである」
プレゼントを差し上げるよりも、どんなに苦しい思いをしていても、素直にプレゼントを「ありがとう」と受け取れる人こそ幸いなのである。
そして、イエス様は、与える側ではなく受ける側の人の中にこそいらっしゃるのだ。

マザー・テレサはノーベル平和賞を受賞した時に、こう言っている。
「私は貧しい人々の代わりに、この賞をいただいているのです。」と。

娘の誕生日とクリスマスのお祝いに、以前、約束していたピザを注文した。
学生時代に通った代々木の予備校の近くにあった小さなピザ屋さん、ここのピザは格別のおいしさで、昔は、二切れ180円のミックス・ピザと、ミルクを、よく食べにいったものだった。
そのピザ屋さんが、現在は吉祥寺に移転し、全国からの注文に応じてくれていたからだ。
そのおいしさを娘にも味わってもらいたい、小さな思いからだ。
こどもたちの心配をしない親はいないだろうが、私が世を去った後の、こどもたちの高齢化した頃を思うと心配で眠れないこともある。先のことを考えても、と笑う人がいるかもしれないが、今の社会の制度が崩れ初めていることが、生きる未来に希望を抱くことさえ困難な状況を示している。

人に与えられるものがあるのなら、私は笑顔を与えたい。
そして、苦しむ人と出会うのなら、手をにぎり、抱きしめてあげたい。
そうありたい。と、クリスマスを迎えるにあたって毎日祈ってきた。
現実に多くの人と接すると、そう理想通りに接することができないのは、自愛心のなせる技、そして祈りが足りないからだろうと深く自省したクリスマスでもあった。
物品・金品の寄付や協力も、教会や、ボランティア活動でも限界がある。

クリスマスが終わったこの降誕節(降誕節は「主の公現」まで続くが)にブログに向かったのは、今日、「クリスマスは終わった。正月準備だ。」という日本社会の中で、谷口神父様のブログを朝一番に読んだせいもある。

「日本の貧困について」

正直に申し上げると、私はカトリック教会の中にあるサロン的雰囲気が好きになれない。
外国人と共に与るミサに行くことが多いのは、その違和感がないからでもある。
日本でミサに与る外国人は、フィリッピンやブラジルからの労働者が多い。
言葉を超えて、一人一人の貧しさ・小ささを自分をも含めて感じられるし、また人々が国籍や肌の色、言語、環境にかかわらずキリストの体の一部であり、連帯しているものであることを体で感じられるからだ。私自身も小さな人々の一人でしかない。

その教会内の人々のサロン的雰囲気の中での違和感を、「日本の貧困について」で谷口神父様が見事に洞察してくださっている。共感を覚えた。

同時に、朝日新聞のインターネット版で、今日から「孤族の国の私たち」という連載がはじまった。

「日本の貧困について」で洞察されている内容と、今の日本の現状とこれからの展望をあわせて記事にしている「孤族の国の私たち」は、ぼんやりとした不安感を抱えている今の日本社会を浮き彫りにしている。

私の周りには、クリスマスおめでとうの言葉もプレゼントもなく、将来への不安をどうすることもできない人、また孤独感から精神を病んで行く人、誰からも声をかけられることもなく、ひっそりと一人で食うや食わずの生活をしている人など、現実問題として存在している。
その人たちのことを考えると、ごはんが喉を通らないこともある。
そして通勤電車の中では、頻繁に人身事故による電車遅延を目の当たりにしてきた。
ここ数年、自殺者がこれだけ増加している日本、若者も高齢者も、そして中年世代も、未来に希望をいだくことなどできない状況をしいられている人が如何に多いことか。人事ではない。

クリスマスだからこそ、考えてしまう。そして、胸を圧迫されるような哀しみを抱かされる。

自分のことはさておいても、胸痛むことの何と多いことか。
人を使い捨て、若者に働く気力を失わせる、勝ち組・負け組と短絡的に人を分別してしまう風潮。それらをおかしいと思わない人権感覚。

55歳、軽自動車での最期 連載「孤族の国」朝日新聞ウェブ版のこの記事を読み終える頃には、毎日のように起きている電車の人身事故で自ら生命を絶った人々の涙の叫びと苦しみ痛みが、十字架上のイエスと重なり、涙が止まらなくなっていた。

家族に頼れる時代の終わり 「孤族の国」
 高齢社会化が一段と進む2020年。単身化がより深く広がる2030年。日本社会がかつて経験したことのない20年が目の前に続いている。残された時間は、決して長くはない。(真鍋弘樹)

昨年のクリスマス・イヴ。六本木のフランシスカン・チャペルセンターから四谷のイグナチオ教会へ移動しようとした時、地下鉄が人身事故で止まっていた。仕方なくタクシーに乗るという贅沢をしてしまったが、そのタクシーの運転手さんの話し「親友が飛び込み自殺したんだ、経済的な理由だと思います。」と言う。クリスマスを祝う時に、希望もなく絶望と孤独の中で死を選択した人々がもいることを忘れてはならない、と思った。

「また人身事故?」という前に、その人々の苦しみと痛みに、祈りをもって共感し、今の日本社会において、抹殺されている人々の心の叫びに耳を傾け、他人ごとではない現実を直視していきたいと思っている。

posted by 丸山 陶李 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2010年12月25日

井戸茶碗一考察・化粧一考・「有楽」と「かすみ」

枇杷色の茶碗のテストのため、大道土を単味で化粧した胎土に、釉薬をかけて焼成してみた。

削った高台脇と高台内に梅花皮が出てきていた釉薬も、化粧をかけると梅花皮の出方に、アップライト系・カリ系長石での違いがでている。(また別の機会に書くつもりです)

荒い土でささくれたいた高台脇と高台内は、化粧をかけてしまうと、梅花皮とは別の風情を醸しだすが、梅花皮風にはなる。しかし、梅花皮風であり、梅花皮ではない。荒い土のなせる技という風合いである。

荒い土に化粧した胎土の梅花皮風・テストピース
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茶碗自体は、化粧をし釉薬をかけると、土に釉薬をかけただけの茶碗よりも中性炎ででる景色が楽しめる。有楽のような御本がでて、味わいがある。

東京国立博物館の有楽
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有楽見込み
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化粧していない土と釉薬だけの井戸茶碗(陶李作)で得た梅花皮
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魚屋茶碗「銘 かすみ
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この魚屋(ととや・斗々屋)茶碗「銘 かすみ」の画像を拡大してみて思ったこと。

この茶碗は「黄化粧」をしてから高台脇を削っている。

この茶碗を作った陶工は、黄化粧した茶碗を見て高台脇を一削りしようと考えたのだと思えてならない。

化粧して少し乾燥した状態で(つまり胎土が堅い状態)で削ると、この画像のように、ささくれ立つ。

ささくれの上の部分をよく見ると黄化粧された色がわかるし、削られて出てきた胎土の茶色が見える。

そして黄化粧だけでなく、生掛けで釉薬も掛けてしまってから、この高台脇を削っているとも思える。

何にでも通じる事だろうけど、発想の転換は思考を柔軟にしてくれるが、李朝の陶工の美意識と大胆さ、そして発想の柔軟さには感服!

井戸茶碗と化粧
粉青沙器の一つとも考えられる井戸茶碗である。化粧していたとしても不思議はない。
大道土による化粧をしてから釉薬をかけてテストをしてみた結果、色合いは枇杷色にもなるし、有楽のような御本もでて美しい。化粧独特の肌合いも感じられる。

しかし、梅花皮は、上記の私の化粧をしない井戸茶碗で得た梅花皮が本当の梅花皮であろうと考えている。荒い土に化粧をした梅花皮風のテストピースを見ていると、本当の梅花皮とは違う。萩の井戸茶碗は化粧して素焼きしてあるものが多いが、梅花皮は荒い土に化粧した梅花皮風であることが多い。もちろん萩の井戸茶碗にも本当の梅花皮がでているものもある。荒い土に化粧して梅花皮風を出すのは荒い土で、ささくれの出る削りをすれば容易に得ることができるが本当の梅花皮は土と釉薬と焼成、冷ましの妙である

高台脇取りと高台内部分には化粧をかけないで、全体を化粧をした粉青沙器としての井戸茶碗が、本歌の井戸茶碗なのかもしれません。

粉青沙器としての井戸茶碗。化粧していた可能性は大いに在ります。しかし高台脇取と高台内にも化粧したのだろうか?
無地刷毛目と呼ばれる粉引のように、そして魚屋茶碗「かすみ」の例のように、高台周辺には化粧をしていないのではないだろうか?またもや、一つの発見と課題を井戸茶碗の考察に追加することになりました。

++++++++++追記++++++++++
2016年11月17日

その後、井戸茶碗古窯址の陶片をよく観察し(韓国陶芸家に「化粧をしている」と言う方も実際いらして、「この陶片をよく見てみると、化粧しているのがわかる。」と言われた陶片です。)
井戸茶碗古窯址の陶片
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私自身の白磁の焼成パターンで焼成した井戸茶碗などの実験検証により、カオリン質の胎土では、化粧をしたように見える焼き上がりになるものもあるのだ、と考えを改めました。
2015年に焼成した拙作井戸茶碗(粗質白磁として捉え、白磁の焼成パターンで焼成したもの。)上記の韓国古窯址の陶片と同じように薄く化粧をしたように見える。しかし、化粧はしていない。カオリンを胎土に用いると、このように化粧していないが、化粧を薄くしたかのように見える。
2015年に焼成した拙作井戸茶碗
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posted by 丸山 陶李 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2010年12月24日

For Unto Us a Child is Born!!

イグナチオ教会の馬小屋
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For Unto Us a Child is Born - Handel Messiah -


posted by 丸山 陶李 at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2010年12月23日

Merry Christmas!

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十年以上前でしょうか。
半磁土で制作した天使です。
私には珍しい手捻りの作品です。
天使の左の羽は少しだけ先が欠けてしまいました。

一人一人には「守護の天使」がついているそうです。
羽が欠けても、私たちと神様をつなぎ
行ったり来たり大忙しでしょう。

いつもいつも私たちと共にいてくださる。
インマヌエル!

主のご降誕のお喜びを申し上げます。

闇に住む民は光を見た。
ダビデの町に生まれた幼子。
すべての人を救う恵みを、
すべての民におよぶ喜び。
神に栄光。
人に平和。
(典礼聖歌305番)

毎日が待降節。毎日、毎瞬が降誕節。
そして、本当に毎日がクリスマスである生き方をしたいものです。

Best Wishes for A Holy Christmas.
皆様も恵みに満ちた良いクリスマスをお迎えくださいますように。
posted by 丸山 陶李 at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2010年12月21日

井戸盃六景・井戸立ちぐい呑

ようやく、写真の撮影ができました。

井戸盃六景
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井戸立ちぐい呑
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井戸立ちぐい呑・高台
右は箆切り(箆起こし)高台です。
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枇杷色の茶碗・テストピース
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posted by 丸山 陶李 at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2010年12月20日

井戸茶碗小貫入テスト

12月19日窯出し。
土と釉薬、小貫入のテストをした井戸茶碗。
一日経って、小貫入が見え始めました。

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posted by 丸山 陶李 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

井戸盃

梅花皮が面白く出た井戸盃

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窯の神様のいたずら・・・。
posted by 丸山 陶李 at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2010年12月18日

井戸茶碗一考察・窯なりに

九月の丸善芸術祭で、ある茶道家の方から貴重な示唆をいただき、私自身も、そのご示唆については気になっていたことだったので、思いつく一点の井戸茶碗の釉薬の調合を変えてテスト焼成した結果、思うとおりの梅花皮の色がでたのですが、その後、「果たしてこれは、釉薬の成分を変えたからだろうか?」と自問自答することになりました。

あるご示唆とは、「梅花皮の白色」についてだったのです。
「もっと白い梅花皮」
梅花皮の出る釉薬の調合、そして土との兼ね合い、小貫入、この三点については、「こうすればこうなる」というデータが得られていたのですが、梅花皮の白色が抜けてしまう、透明性を帯びることに私の釉薬の融点をあげてみることを第一に考えて調合しなおした梅花皮のでる釉薬をテストしてみたのです。

私の釉薬は、現在、天然の土灰・藁灰・長石・土石が基本で、釉薬で色をださずに、土の色を生かす方向に的は絞られてきています。

裏山の土を使って作陶できるような環境なら、土を選ぶこともなく、その土を生かした制作に絞られてくる。逆説的に言えば、その土しか使えない中で、どう生かすか?という課題をもって取り組んできたのが、かつての窯業地の陶工のあり方だったのでしょう。反面、羨ましくもあり、ご苦労も多かったことだろうと察するのです。

私も、できたら原土から土作りし作品に土を生かしていきたいと思ってきましたが、正直、茶碗に関しては叩き土を使いたく、アルバイトを頼んで原土を叩いてレンガですり潰してもらったこともありましたが、他の灰作りも含めて、この作業をしていると一年のほとんどが土作りで終わってしまいます。そこで、原土を取り寄せ(できたら叩き土で)、その土を主体に土をブレンドするという現在のやり方になってきました。

今でも、単味で使える土、複雑な化学製品を用いた調合ではない天然の灰と土を生かした釉薬を基本として探し、焼成を繰り返しています。

唐津には唐津の。萩には萩の。備前には備前の。美濃には美濃の。枯渇しそうな土もあれば、まだまだ土を提供し続けてくださる土堀りさんがいて、本当にありがたいと、まず土を提供してくださる、土石を提供してくださる皆さんに感謝なのです。信頼できる土堀さんは、決して混ぜて調合した土石を提供してごまかさないことが嬉しい反面、限りある資源、失われつつある資源ですから、成分を同じにしたブレンド土が安価で手に入るのもありがたいことではあります。「この土で!」とこだわれるような土が見つかると一安心して、制作に励めるのですが、土石も土もロットにより微妙に変化を見せるのですから、安定を求めるのは二の次、その前に基本的に用いる土と土石が決まれば、裏山で土が掘れない私には有り難いのです。

井戸茶碗について、上記の土の調合は十年来、大きな変化なく幸い同じ原料が手にはいってきました。釉薬の原料も仕入れ業者を変えても、ほぼ同じものを使用してきています。
梅花皮も得られたし、小貫入も同時に得ることができました。量産品のように、いつも同じ茶碗が窯出しできるか?というと、こればかりは、不安定そのものです。まず私は最大限の安定は求めていないし捨ててきています。

己の轆轤技術一つとっても、まだ課題は残っているのです。果てしない先行きですが、自分で得てきたものは確実に体に沁みて涵養しているということがわかります。これも有り難いことです。時間がかかることですが、求めているものがある以上、時間がかかることも今は自分との対峙と受け入れています。

白い梅花皮の話しに戻りますが、融点を上げるために、そして白さを得るために、藁灰の添加量をあげて白さを得ることができました。小さなガス窯での焼成です。しかし、藁灰の添加を多くすると、小貫入が得られないのです。もちろん、土も釉薬の調合も藁灰の添加量のほかには変えていないのです。小貫入については、よく焼けて融けているほうが小貫入はでるし、生焼けの井戸茶碗で梅花皮を呈したものでは小貫入はでていません。やはり胎土と釉薬と焼成の三つの条件があって初めて小貫入も得られるものだと思います。貫入自体は、時が経つに連れて後貫入が増えていくことも忘れてはならないでしょう。

そこで、窯について、あらためて考えなおしました。
「窯なりに」と言われますが、窯の燃料の違いはもちろんですが、炉壁の厚さや窯の構造も、そして焼成パターンもそうですが、「冷まし」が、とても大切な条件に入っていることも、窯焚きの知る人ぞ知る知識・経験でしょう。

かつて釉薬のテスト焼成のみに明け暮れた十数年前、私は電気窯しか持っていませんでした。その頃のデータは、釉薬の基礎を固めるのに、私にとって貴重な資料となっています。
現在は、メインは灯油窯、そしてテスト焼成は小さなガス窯、電気窯は上絵付けや金彩にのみ使用しています。

メインで使っている灯油窯は、志野を焼くには大変適しているような、炉壁の厚い窯ですが、灯油窯であるため、志野のような長時間の還元焼成には苦労します。ガス窯として改造してもらうことも考えたのですが、やめました(笑)。
薪窯では、焚いた時間・日数と同じくらい冷ましに時間をかけろ、と学びましたが、実にこの灯油窯は、20時間焚いたら20時間冷ましても、まだ熱いのです。「後窯」です。火をとめた後も、徐冷ですから、じわじわと冷めていくのです。

韓国で井戸茶碗を焼いている千漢鳳先生の窯焚きは18時間位のあっさりとした窯焚きです。さっと焼いてさっと冷めてしまう。薪窯です。この事をちょっと思い出したのです。

今までメインの灯油窯で焼成してきた私の井戸茶碗は、梅花皮が不透明で抜けていました。ガス窯で、テスト焼成した井戸茶碗とぐい呑みは、温度計が1,250℃をしめしてから止めたにも関わらず、まっ白な梅花皮を得ています。

後窯の効用を計算してメインの灯油窯の火を1,200℃で止め(ゼーゲル6a)ても、徐冷の窯ですから、そのままですと火を止めた後の窯のカロリーで窯を開けた時にはゼーゲル8番も倒れていたこともしばしばあります。「後窯!これだったのかもしれない」と灯油窯の焼成後、ダンパーもドラフトも全開したまま、あえて急冷を狙ってみました。砂目の多い井戸茶碗の胎土は急冷でも冷め割れを起こすことはありません。それでもなお、梅花皮は不透明によく融けて白色が抜けてしまうのです。

ガス窯の焼成では1,250℃を温度計が指した時に火を止め、数時間後には300℃くらいに下がるほど冷めます。小さな窯と大きな窯、急冷の窯と徐冷の窯。その違いででてきたのが、梅花皮の白さでした。

テスト窯で白い梅花皮を得た際に、火の回りの悪い場所に置いたぐい呑みは梅花皮が美しくでていますが、釉薬が融けず生焼け状態でした。この梅花皮が生まれても、生焼けだったぐい呑みを灯油窯の本焼きの時に入れておいて結果を見ると、やはりガス窯でまっ白な梅花皮を得ていたのに、梅花皮は残っていますが、不透明に抜けた色になっていたのです。

窯は窯なりに、冷ましも焼きのうち。と言いますが、
このあたりに、白い梅花皮を残す秘訣があったのですね。
私は、白い梅花皮も、不透明な抜けた梅花皮も、好きなのですが、白い梅花皮を化学薬品(ジルコンなど)でだすようなのは嫌ですね。

梅花皮の生まれる調合(あるいは長石などの原材料土石)についても、茶碗全体に梅花皮を出すのは簡単です。削った場所のみに梅花皮のでる調合、あるいはそういう性質の調合(あるいは単味でそういう性質の土石があるかもしれません)が井戸茶碗の梅花皮のむずかしさでしょう。

生焼けで出る梅花皮ではなく、しっかり焼けて梅花皮も小貫入も出る焼成、そして梅花皮が白く景色を呈する焼成と冷まし。釉薬の調合を変えることではなく、こんなところに、ご示唆のポイントがあったのではないかな?と芸術祭での売上を、ほとんど原材料の仕入れに費やして思うこの頃です(笑)。

梅花皮の生まれる焼成(ある温度の頃に梅花皮が出てきたことが見えます)、梅花皮の残る焼成、梅花皮の美しさを残す冷却。こんなポイントがあると思います。これらの条件に合う土と釉薬という発想も逆に追って考えることが出来ると思います。

ガス窯で梅花皮がでた井戸ぐい呑み二景
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2009年1月の井戸茶碗たち
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白さが抜けた梅花皮
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2010年12月11日

井戸茶碗一考察・土と梅花皮と釉薬

テスト焼成を繰り返してきて、一つ確認できたことがあります。

井戸茶碗の梅花皮は、胎土の耐火度が高いほうが良くでるということ。

これは私の調合している井戸茶碗用の釉薬(ほとんど長石単味に近いです。李朝時代に使われていた釉薬を長石系の土石と土灰との混合として考えた場合です。そして、その頃用いられていた長石系の土石が、今手に入る長石と成分が違うと仮定し、何をプラスしていったら良いか?試行錯誤してきました。今の標準的に使用されている釜戸や福島等の長石より幾分、珪酸質の成分が多く、アルミナ成分も多く粘りがあるものだったのではないか?と考えて、ほぼ長石単味に近いですが、それらの成分を補うために、若干、他の土石と灰を混入させています。)

胎土の耐火土が低いならば、その胎土に合わせて梅花皮を得るような調合をすればよいのですが、市販されている井戸土数種類で焼成テストもしたのですが耐火度が低めなため、梅花皮が出にくいことを実感しています。それらの土に合った梅花皮の出る釉薬を調合しなおさなくてはならなかったのです。

私の井戸茶碗の土は、耐火度のある原土に鉄分を数パーセント加え、原土よりさらに荒い土にするために砂や珪砂を加え、急冷にも耐えられるように調合しています。(私の井戸茶碗の焼成は通常、SK6a〜SK7です。)

荒い土なら梅花皮がでるというのは、また別の視点であり、きめ細かな土でも耐火土のあるカオリン質の土であれば、梅花皮はでています。いわゆる縮緬皺のできるような土。

そして土の固さですが、轆轤で成形した時に轆轤上で高台の脇取りができるほどの固さ(柔らかさ?)というのが私の実験を続けてきて得たことの一つです。轆轤上で箆をあてて脇取りする時に、すでに縮緬皺のできるような土の固さです。

轆轤上で、「脇取り」「箆切り(しっぴきを使わないで箆で切放す。「箆起こし」とも言います。)」をしてしまいますので、茶碗を湿台(しった)に被せて削る時は、高台内のみです。

轆轤上ですべて成形を終えて箆切りし、少し乾燥した頃に湿台上で高台内だけ一削りした画像です。
画像 579.jpg

さて、琵琶色は萩の大道土を化粧掛けすれば簡単に得られることも分かりました。
(今更ですね!笑。私は勘違いして見島土で琵琶色がでると、数年間、見島土を胎土に混入させたりして試行錯誤していたのです。)

化粧掛けしなくても、土と釉薬から引き出される琵琶色になる土と釉薬、そして梅花皮を得られるような調合、やはり自分で調合した土が成分も把握できて釉薬も合わせやすいので、土の実験をもう少しして行きたいと考えています。

井戸茶碗一考察も更新が遅れていますが、これらの考察も追加しておこうと思っています。


posted by 丸山 陶李 at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗