2010年11月18日

井戸茶碗一考察・失うもの得るもの

井戸茶碗一考察、釉薬と土、焼成への雑感メモ。
先月の調合を少し変えた井戸茶碗。見事な梅花皮を得て、小貫入を失った
その後も、テスト窯で、二度、釉薬を調合しなおしたものをテストしている。

藁灰を加え、酸化焼成から中性炎で焼成すると、枇杷色に発色するが、これは、藁灰の中の成分、例えばカリ分の影響を受けてのことで、藁灰を40%加える藁灰釉では、灼熱減量で、釉薬が流れ縮んだ土の部分は緋色を呈することと同じ原理だ。

しかし、藁灰を少し多めに調合した井戸茶碗では細かい白い梅花皮を得ることはできても、9月前に私が調合して用いていた井戸用の釉薬で得られていた小貫入は、まだ得ることができない

ただ、新しく調合した井戸の釉薬のテスト結果から、私の本窯(灯油窯)での焼成が、幾分カロリーがかかりすぎていた為、梅花皮が溶けすぎて、白く残らず透明になりやすかったことが、しっかりと把握できた。

胎土に混入する砂の粗さも、何か一考察を与えてくれている。

胎土の調合に関しては、ほとんど変えていない。とすると、やはり釉薬の調合と焼成の妙にキーポイントは絞られてきたように思う。

次の窯焚きでは、焼成カロリーのかけ方を変えてみる予定。
梅花皮が白くのこり、器胎の釉薬がよく融けて小貫入を得られるような理想の井戸茶碗、やはり「千に三つ」だろうと、様々な井戸茶碗を見ながら思い知らされる。

藁灰の添加量。もともとごく僅かな量しか添加していないが、焼成と小貫入の間で、意外なところに試行錯誤の盲点があるように考えている。

小貫入の井戸茶碗(陶李作)
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藁灰を少し多くした白い梅花皮の井戸茶碗・小貫入は出ていない(陶李作)
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「この追究を妥協すれば…」「これで発表してしまえば?」という言葉が脳裏をかすめる事がある。
窯焚き毎に、様々な肌合いと色合いを見せてくれるのは、原材料や調合だけでたやすく井戸茶碗が生まれることはないという一つの証しだろう。

本当に土と炎の迷路に入り込んでしまったように思わされることがある
行きつ戻りつ、で時は過ぎていくが…。
そのような時には、初心に還り、原点からなぞるように思い返す。
今までのテストピースや、陶芸メモが本当に重要だ。
土・釉薬・焼成。そしてそれらの原材料。
私は決して妥協しない。
私の求めている「私の井戸茶碗」が生まれるまで。

posted by 丸山 陶李 at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2010年11月16日

枇杷色と言うけれど

井戸茶碗のテストピースを無造作に陶房に放置してある。
井戸茶碗というと「枇杷色」という先入観を、いつしか多くの方が持つようになってしまったが、果たして窯出し直後から、あの枇杷色を呈していたのだろうか?

陶房のテストピースには、古色をつけたり、日本酒に浸したり、様々なテストが窯出し後も繰り返されている。

窯から出した時には、淡いベージュ色やマロン色だったテストピース。
古色付けされ、お酒を含ませて置いておいたりと、無造作な私の管理。
新しい井戸茶碗に向けて轆轤に向かい、釉薬のテストを繰り返したり、時には胎土の調合を変えてみたりと、未来への時間でテストピースの存在も忘れたかのような日々になる。
もちろん、テストピースから気づきが与えられ、試行錯誤しているのだが。
ふっと時の流れの中で、陶房の窓辺に重ねられたテストピースに目をやり、それらを手にしてみると、大変身をとげていることがあり、驚かされる。

今日、紹介するのは、そんなテストピースの一つ。
貫入が荒めで、梅花皮が飛び過ぎていたので、古色をつけ、日本酒に浸し、その後、放置しておいたものである。

テストピースの中で、ひときわ鮮やかな「枇杷色」を呈し、しっとりとした艶も出て、土色は黒く変色し、窯出し直後には考えてもいなかった変化を遂げている。

ああ、こうして伝来の井戸茶碗は、育ち、育てられして、いわゆる「枇杷色」の井戸茶碗になってきたのだな、と合点が行く。

今と昔の原材料の違いもあるが大名物の井戸茶碗は、その違いのみならず、何百年という時空を経て育ち、伝世されてきた。

その存在感を今新たに窯出しする茶碗に求めようとするのだから、原材料や不純物の研究、技術でも適わないものがある。作り手の精神性と言われれば、それもそうだろう。しかし、やはり育った茶碗の何年後、何十年後、いや何百年後の姿を想像しながら、窯出しされた茶碗を見、未来の姿を洞察する眼力は使い手の特権だろう。もちろん、作り手にも、そういう眼力は必要であるが、自作に関しては、育てて見てみるという体験がものを言う。

人間が似ていてもクローンではないように。茶碗にも各々一つの命がある。
茶碗の生命を育てるのは、やはり使い手なのだ。
私たち陶工は、その形や景色を炎や土や窯との共同制作で生み出し、生命を吹きこまれ、育まれ、愛でられる茶碗を幾百も幾千も作り続けながら、生涯を捧げる茶碗の道具にすぎない。
つくづく、シミジミそう思った一日だった。

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posted by 丸山 陶李 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2010年11月08日

たとえば明日

窯出しを終え今日、ご注文の徳利や香炉は発送させていただきました。
庭の「お茶の花」を黒高麗徳利に活けて、徳利にも花にも葉にも水をたっぷりと吹きかけてあげました。

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からからの土が、炎の洗礼を受けた土が、私の手で練られ調合された土が、
私の陶芸家としての勘一つで調合した黒高麗の釉薬と相まって、
水を喜び、再び水の洗礼を受けて、しっとりと輝いています。

今日は私の誕生日でした。
朝メールチェックをしたら、たくさんのお祝いのメールが入っていて驚きました。
(私の個人情報の一部がこんなに漏れているとは!・笑)
郵便ポストには、陶李会の佐藤会長から、誕生日祝いに音楽会のチケットが届いていました。
まったく久しぶりのコンサートです。
札幌にいた頃は、演奏会の会場が身近で、音楽仲間と楽しむ機会が多かったのですが、
取手に来てからは、足が遠のいていました。
心身ともに余裕もなかったのでしょう。

誕生日は、生まれてこのかた出会った多くの皆さんに感謝する日だと思っています。
一人では生きていけない、それが人間なのだと思います。
愛されなければ愛することすらできない、それが人間なのだと思います。
これしきの私ではありますが、この不完全で欠点も多い私如き人間を、
慈しみ、愛し、導いてくださり、励ましてくださる多くの皆さん。そして神に感謝を捧げたいと思います。

誕生日にひとつ決心をいたしました。
いよいよ「井戸茶碗」の序章として、「井戸ぐい呑」をオンラインショップ「Gallery 陶李」で紹介させていただくことを決めたのです。
井戸茶碗「俄羅奢」は、すでに世にでました。嫁いでいきました。
めざす大井戸茶碗「右近」は、これから生まれてくる茶碗です。

たとえば明日。
私が召されても、
「右近」を生み出せなかったことを悔みはしないだろうと思ったのです。
土から始めて成形、釉薬、焼成と、私だけの井戸茶碗を目指して歩んでこられたこと自体がしあわせではないでしょうか。
目指すところがあって陶芸家として歩んでこられたこと自体が、しあわせではないでしょうか。やらせて頂けるギリギリの体力と精神力と知恵と閃き、を与えられたことに感謝しないでいられましょうか。

そこで、今日は「井戸ぐい呑」五点のための桐箱を注文しました。
いつもの私の箱と紐、そして覆紙です。
販売する、ということは人の手に渡り世に出るということです。
私の陶芸家としての真価を問うことでもあります。
その決心を、誕生日の今日いたしました。

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先のブログで紹介しました「箆切り・切放し高台」の「井戸ぐい呑」や「井戸茶碗」も、
作品として世に出す予定でおります。

井戸茶碗を基本においた花入れや香炉なども構想の中にあります。

「正念場」を迎えている自分自身が見えています。

しかし、たとえば明日、息をしていなくとも…
ここまで好きで好きでたまらない井戸茶碗の追究ができたことに、悔いはないのです。
大井戸茶碗「右近」が生まれてこなかったとしても、
それはそれで神の御旨であると「はい」と受け入れることができます。
なぜなら、ここまで好きなことを続けてこられたことを思うと、
苦労や痛みよりも感謝が大きいからです。

神の御旨ならば、右近も生まれてくるでしょう。
と、窯出しした作品を手にとりながら、穏やかで静かな心を戴きました。
何よりの誕生日プレゼントを頂戴いたしました。
皆様に「ありがとうございます」と申し上げます。





posted by 丸山 陶李 at 20:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2010年11月07日

井戸茶碗(箆切り高台切放し)窯出し

昨日、窯出しした井戸茶碗・井戸ぐい呑・井戸馬上盃と、
黒高麗・黒伊羅保のご注文作品の撮影中です。

井戸茶碗(箆切り・切放し高台)
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井戸ぐい呑(箆切り・切放し高台)
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井戸馬上盃
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黒伊羅保ぐい呑
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posted by 丸山 陶李 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2010年11月01日

箆切り・切放し高台

箆切り・高台切放し 井戸ぐい呑
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箆切り・高台切放し 井戸立ちぐい呑
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井戸茶碗の高台を「箆切り」「切放し」で試行錯誤しています。
このまま、高台内も削りを入れずに、井戸ぐい呑として焼成してみる予定です。

李朝の陶工たちは、シッピキ(切り糸)を使用しなかったのです。
轆轤状の土と挽いた作品を、箆で切放し、その後、高台内のみに削りをいれているのです。
そして、切放す前、轆轤の上で脇取りの削りもいれて、形は轆轤の上で決めているのです。

井戸茶碗の一考察も大詰めを迎えたように感じています。
posted by 丸山 陶李 at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

老陶工、土作りから蹴轆轤成形まで

Olarias do Felgar Torre de Moncorvo.



この映像、とても良いですね。
ロバを使って、土を砕き、奥さんが土を篩う。
その土を力強く捏ね、蹴轆轤で挽く老陶工。
言葉がわからないのが残念です。
posted by 丸山 陶李 at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連