2010年05月31日

A.カルペンチール神父様の個展に

私も2007年に個展を開催させていただいた「銀座・教文館 エインカレム」で、ベルギー・アントワープ生まれの今年92歳になられるアルベルト・カルペンチール神父様の個展が開催されています。

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午後2時からは、神父様が在廊されるとのことで、今日の午後伺いました。三年ぶりにお目にかかりました。ベレー帽姿の神父様と作品や陶芸についてお話し、帰りには銀座の画廊周りを楽しみ、二人で銀ブラをして(神父様曰く…「散歩」)楽しい時間と霊的にも神父様の作品や人柄からも、多くのものを得て帰ってきました。

カトリック教会のミサで使用されている【聖書と典礼】の表紙の多くはカルペンチール神父様の作品です。ミサの時に、表紙に神父様の作品が使われている日は、それだけで、ほんのり嬉しいと感じます。

ステンドグラスや、油彩、版画、磁器の絵付など多彩な作品。ひとつひとつ丁寧に拝見させて頂きました。

【聖書と典礼】の表紙に使用された『三位一体』の作品を手に、神父様と写真を撮影して頂きました。

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iphoneで写真やビデオを撮影。「変わったカメラですね」と面白がっている神父様です。



個展会場を出て、銀座のギャラリー巡りをし、神父様と二人で有楽町まで歩き、東京駅でお別れして帰ってきました。

カルペンチール神父様の個展は、銀座教文館エインカレム(アップルの横)で、6月6日{日)まで開催中です♪お時間あれば是非どうぞ!
posted by 丸山 陶李 at 11:29| 夢は枯野を

2010年05月27日

アルベルド・カルペンチール神父様個展

先週から、過労と感染症で一週間寝込みました。
整形外科・内科・耳鼻咽喉科で診察しました、処方された薬は、一週間分の抗生物質。調べたらピロリ菌の除菌にも使う薬で、お腹がゆるくなって辛かったです。
ようやく、薬も飲み終えて、体調が回復してきました。
ちょうど寝込んでいる時に、ALS患者の人工呼吸器をはずした医療関連記事を読み、どんなにか辛く苦しい状態でしょう…と、呼吸できることの有り難さを実感しました。当たり前のことなんてないのかもしれません。

今日は、父に「らっきょうの塩漬け」を作りました。明日、宅急便でおくります。母の味を思い出しながら、毎年作るようになりました。父の喜びの電話が何よりも嬉しいです。

さて、カトリック美術協会でもお世話になりました、
【聖書と典礼】の表紙を飾っている
「ステンドグラス作家のアルベルド・カルペンチール神父様」の個展が「銀座エインカレム」で開催されます。

5月29日(土)から6月6日{日}まで、
ステンドグラス・油彩・手彩色版画など主イエスのご生涯を描いた作品です。東京都中央区銀座4-5-1

http://www.kyobunkwan.co.jp/EinKarem/eventkarpen.htm

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【細川護煕展】のDMが届いています。
「細川護煕展」6月1日(火)から5日(土)まで、
日本橋「壺中居」で。10時から18時です。
ご興味のあるかたは是非、いらしてください。細川元総理はずっと在廊予定だと思います。
今年の案内状には、「志野茶碗」が掲載されていました。

「十字架の花」ドクダミの花。白い十字架。匂いを嫌う人もいるが、私には小さい頃タライで行水してもらった思い出と共に、ドクダミの香りは懐かしい香り。今年は庭にドクダミが沢山。
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posted by 丸山 陶李 at 23:25| 夢は枯野を

2010年05月02日

「いのち」は成長し続ける

人間は、その「いのち」の終りまで変化し続けることができる存在であり、人との関わりを通して、生涯発達が実現していくことを思う。肉体は衰えていくが、「いのち」は成長し続ける。

青紫色の実をつける「ムベ」という植物の存在を知ったのは、それほど昔ではなかった。恩師の佐藤正明先生の水彩画の中にある「ムベの実」を拝見した時、「アケビに似ているけれど、ムベの実の色、青紫色は美しいなあ」と思った。

ムベの実を知ってから数年後、たまたま園芸店で「ムベ」の苗を見つけ、庭に植えた。昨年まで実は数個つくだけだったが、今日見たら、白い花が沢山ついていた。アケビの花は黒紫の小さな花で大変地味だが、ムベはラッパ形の白い花で内奥が、ほんのり紫色だった。

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ムベの青紫の美しい実が、今年はたくさんつくのかな。

人間も、日々肉体は衰える部分があるが、「いのち」は成長し続ける。どんな状態になっても、生命の煌めきの尊厳は失われることなく、成長し続ける。

今日、満開のムベの花を見ながら、やっと花をたくさんつけるまでの生命の存続と忍耐について考えた。土にしっかりと根を張り、必要な養分を摂取し、満開の花をつけるまで、ゆっくり成長していたのだ。植物の「寿命」というのも限られているのだろうか?屋久島の縄文杉のように、長い間成長し続けた植物もあるが、毎年枝を伸ばし花をつける草木・・様々な植物の成長の終わりとは何だろうか。すべての生命に限りがあるが、各々の生命の長さと成長は、どのように関係しているのだろうか。

長かろうと短かろうと我が人生に悔いはなし・・・と歌った、裕次郎さんをちょっぴり思い出した。若い頃、可愛がっていただいた。
posted by 丸山 陶李 at 20:29| 夢は枯野を

2010年05月01日

文字を読むということ

動いていても、止まっていても、それだけでは十分ではない・・・と、感じる毎日。

何が足りなかったのかな?と自問する。

本を読む時間。そして、文字を読むという時間。
文字と文字の間の空間をも含めて、良い言葉に出会うと、読んだ文字、触れた言葉が「祈り」となることがある。

現在、私にとって短くても文字に触れ、読み、黙想する時間が貴重な祈りになっている。

祈りが足りない時は、自分が渇いていくような、心の潤いが失われていくような感じがする。

一日一句。良い言葉に触れ、文字を読むことを続けてみよう。
聖書はもちろん、良い言葉の宝庫だ。

今日は、また、マザー・テレサの言葉を一日の終わりに味わった。沁みてくる…。

マザー・テレサの言葉
「学ぶチャンスを逃さないようにしましょう。
うぬぼれたり、ぶっきらぼうだったり、気分屋だったり、自己中心だったり、こんな自分でいることは、いともたやすいことです。
私たちは、もっと素晴らしいことのために創られたのです。
なぜ心の美しさをだめにしてしまうようなことに自分を陥れるのでしょうか。」
posted by 丸山 陶李 at 00:57| 夢は枯野を