2010年03月05日

「砂漠に花を咲かしめなんと…」

「砂漠に花を咲かしめなんと…」母校、恵泉女学園の校歌。恵泉の校歌は勇ましい。歌詞も曲も、美しくたくましい。今日、下重暁子さんの著書を読んでいたら、「春来てごらん、砂漠に花が咲くよ」という、ベドウィン族の言葉が紹介されていた。砂漠に花が咲く!読みながら想像して舞い上がった。

「シリアやヨルダンの砂漠では、冬少量の雨が降るので春草花が育つ。小さな白、ピンク、紫、黄などの淡い花が一面に咲いてその美しいこと。雲雀に似た鳥も空高くで鳴いている。」ベドウィン族に「春来てごらん、砂漠に花が咲くよ」と言われたわけがよくわかった。と下重さんは綴っていた。なるほど!

地球に海ができるのには三千年もの間、雨が降り続いたから。海の塩加減は昔も今も同じだという。海には地球の元素が皆含まれている。海があるから雨が降る。海がすべてのものの母と言われる所以。羊水は海と同じ成分。砂漠に花が咲くことを、頭で否定し鼻で笑うのは、想像力以外の問題だった…。

庭の白梅の良い香りを閉じ込めたくて、陶房に一折。粉引一輪挿に(陶李作)
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物原に割捨てた井戸茶碗の陶片を拾い上げると、雨漏りが出たり、苔がニュウに入り込んだり、骨董好きにはたまらない育ち方をしている。陶片収集癖があるので、物原で育っている陶片を見ていると時間が瞬く間に過ぎて行く。陶片で小道具も面白い。

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posted by 丸山 陶李 at 23:07|

2010年03月02日

一場春夢

「一場春夢 残りし跡は 梅華皮に」

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この茶碗は、「梅華皮(かいらぎ)」の出方、「釉なだれ」の景色が面白かったので、撮影しておきました。

私の井戸茶碗を、待っていてくださる方々がいる。
しかし、焦って生半可なモノをお届けするわけにはいかない。
「梅華皮あれど小貫入なし。形良けれど重さこれに非ず。形重梅華皮ありとも小貫入あらず。すべて良くとも梅華皮おもしろくもなし。」
すべて私が納得できるものを。まだまだだろう。

「たまたま出来上がったから見てください。なんていうのはプロの仕事じゃない」。
とは、某工学系教授のTweet。そのとおりだと思う。
非常に含蓄のある言葉。
絵画にも工芸にも通じている故に、自分のライフワークの井戸茶碗の発表は、まだまだかかると思う。
posted by 丸山 陶李 at 21:12| 夢は枯野を