2010年03月23日

「まなざし」

自己は他者へのまなざしにおいて自己となります。ひと言でいえば、自己を与えることによって自己は自らの存在を同化し把握して、自己の存在に縛られることがなくなるのです。
−モーリス・ズンデル神父の言葉−

「まなざし」はフランス語ではregard。そして動詞のregarderは「見る」という意味のほか、「考える」という意味もある。まなざしを注ぐということは、考えるということでもある。心をそこに集中し、思いを交し合うということである。
 −阿修羅と現代人の癒し− 立川昭二

ああ・・・
やはり、つながっていた。
「まなざし」という言葉が、ずっとずっと気にかかっていた。
人への「まなざし」、自我を忘れて自己の存在を、もはや超えて、他者へのまなざしになりきること。
やはりそうなのだ・・・。

「まなざし」を持ったときに、大いなる観想の喜びがあった。
素晴らしすぎるので、そっと心の中で鐘を鳴らす。
本当に、あなたに仕えさせていただくことは素晴らしい。

神様に触れさせていただいた。。。

サクランボの花が満開を過ぎた。
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posted by 丸山 陶李 at 23:43| 夢は枯野を

2010年03月19日

ローズマリーの気高い香り

わたしたちは神のおられる天国を、いつも待ち望んでいます。しかし同時に、今このときに神と共にいる幸せにも招かれています。この「今このときに神と共にいる幸せ」とは、神が愛するように愛し、神が助けるように助け、神が与えるように与え、神が仕えるように仕え、神が救うように救うことなのです。- マザー・テレサ -

陶房入り口のローズマリー
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マザー・テレサの言葉を黙想しながら今日一日を振り返る。
人間とは、どのような状態であっても、貴い、尊い人格を持っていることを実感している。

「今この時に神と共にいる幸せにも招かれている」ことを心に刻んだ一日だった。

陶房の入り口には、香り高いローズマリーの花が咲き始め、青い愛らしい姿を見せてくれている。ドライフラワー(ドライツリー?)にして、香木としても使い、ローズマリーの香りから沈静なひと時をいただいている。

この気高い薫りに、ふとマザー・テレサの「今この時に神とともにいる幸せ」という上記の言葉と、人間はどんな状態であれ「人格」は失われることなく気高いものとして煌いている事を考え、感じた。

…そして人間は「美しい」存在だと、しみじみしている。人間の心から出るものこそが汚れとなるのだろうが、すべては美しい。人間は美しくあれ、良きものであれ、善きものであり喜ばしい存在であれ、として祝福されているのだ。この花を見、この香りが漂う中で、マザー・テレサの言葉が一層、沁みいってくる。今日「あなた」と共に在れた喜び。「あなた」は、「あなた」であり「あなた」でもある。
posted by 丸山 陶李 at 22:56|

2010年03月18日

縄文土笛の反響

・ロスアンゼルスから、「縄文土笛」素晴らしいですね!あまりの衝撃で心臓がドキドキしてなかなかおさまりませんでした。カトリックの感覚が融合した作品も、とても感動いたしました。」とメールを頂戴したり、

・「縄文土笛」をプレゼントとして送りたいので数個欲しいという、お問い合わせをいただいたり、

・自然を切り裂かない、調和に導く素敵な音ですね、縄文笛。
造形的にもシャーマニックなパワーを思わせる魅力があり、とても気になっております

など、お問い合わせが続いております。
縄文土笛の各音を録音し、スタジオで一点一点写真撮影をしてから、お譲りしようと考えています。

価格は5千円位〜1万数千円くらいになると思います。

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自分の作品として取っておきたいものもあります。
音もいろいろ。12種類の音をアップしてみました。

posted by 丸山 陶李 at 23:20| 縄文

2010年03月16日

縄文土笛の音

YouTubeに丸山陶李作「縄文土笛」の音をアップロードしました。
演奏(?)も、丸山陶李です(笑)。



posted by 丸山 陶李 at 19:13| 縄文

2010年03月15日

縄文土笛・窯出ししました。

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窯出しした「縄文土笛」
先程、一つ一つの「音」を吹いてみましたが、神秘的な太古の風を感じました。大地の風の音が聞こえてきました。

一点毎に写真撮影をして、シリアル番号順に「音」も紹介させていただく予定をしています。

今日は、朝6時半から「縄文土笛の窯出し」「大井戸茶碗」の高台削りをしました。
posted by 丸山 陶李 at 22:27| 縄文

2010年03月12日

縄文土笛・貝

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「貝」の笛を作ってみた。紋様は、あくまで「縄文風」というだけであり、縄文人の作っていた縄文土器や土偶の紋様は、文字的な意味合いや、祈り等、なにかしらの意味があったと感じている。

縄文土器や土偶作りは、「専門家集団」がいたのではないかと思いつつ、またもや昨晩一つ「縄文土笛」を制作してしまった(上の貝の土笛)。縄文人の「縄文土器」や「土偶」への制作の情熱はハンパじゃない。専門で制作にあたる人がいたはずだ。信仰から来ているのか、祈りからきているのか、DNAから来ているのか。紋様はただの紋様ではない。

土器や土偶の土を見ていても、白いものが混ざっており、キラキラしている。日本全国の出土地にかかわらず、あの白いものはなんだろう?と考えていた。滑石(タルク)だろうかと思った。キラキラは金雲母だ。
土偶や土器が「発掘された場所で産出しない土が使用されている」不思議。。。

土の配合までも、完璧に準備され、用途にあった土を運んだのだろうか?それとも、どこかで混練された土や、焼成された土器が移動したのだろうか。不思議だ。

今日、千葉県から出土されている縄文土器の土について調べた。「金雲母」が胎土に混ざっていた。しかし、千葉に「金雲母」は産出しない。

土作りにもこだわった縄文人。不思議がまだいっぱい。 。
縄文土器の「土」にも「紋様」にも不思議がある。
当地から出土されない土をも使っている。

土から見ても、制作の技を見ても、縄文土器や土偶に精通したの専門家集団がいたとしか思えない…。

posted by 丸山 陶李 at 12:36| 縄文

2010年03月10日

縄文土笛・鳥

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今朝、仕上げの「磨き」をかけた「縄文土笛」
鳥のようで、魚のようですが…(笑)
これは「鳥」なのです。

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縄文土笛、次から次へと創作意欲がわいてきて、井戸茶碗の土作りに入る予定が、延びています(笑)。

posted by 丸山 陶李 at 20:43| 縄文

2010年03月09日

縄文土笛と粉青沙器

桃山時代の「志野」の陶片を可児市の大萱古窯跡で荒川豊蔵が発見し、志野の再現に取り組むというテレビの番組を見た時であった。
私は「陶芸家」になりたい、という思いを抱いた。中学生の時だった。

小学校5年の時、東京の都心から「縄文土器」が近くの畑から出てくる町田市に引越しをし、散歩中、畑の中からでてきた陶片を、父が「縄文土器だよ」と教えてくれた時、なんとも言えない不思議な「太古へのあこがれ」と、「土へのあこがれ」を抱いたことが始まりだった

田んぼも畑も区別ができない都会少女が「土」と、陶磁器や骨董に開眼された契機であり、私と陶芸との出会いでもあった。その後、どこにドライブや旅行に出掛けても、私は「土鈴」をおみやげに購入するようになった。

関西の伊丹市に剣道家の祖父「越川秀之介」(剣道家として紫綬褒章受賞)と、祖母が住んでいた。伊丹に遊びに行った時も、「京都に行きたい」と祖母にねだり、京都で購入したのは「土人形」だった。祖母は、そんな私を祖父に「清水寺連れて行ったら可愛いお人形を欲しがるのかと思ったら、この子は土人形が欲しい、と言ってなぁ」と、ぼやいて話していた(笑)。

縄文土器や、土人形土鈴など、「土」に非常に感度が高かった少女が、一人テレビを見ていたら、先の「荒川豊蔵・桃山志野再現にかける」が放送されて、瞬間「陶芸家になる!」と決心していたのである。もちろん、誰にも言わず。(たとえ両親に言っても許してもらえるはずがない事もわかっている少女だった。)

「縄文土器」との出会いも「必然」だったと、今日振り返っていた。今週、「縄文土笛」を制作しているが、あの「縄目紋様」は、私が専門としてきた「李朝の粉青沙器」の一技法である「三島(印花文)」に通じている。

韓国に陶芸研修に行った時も、新羅土器を博物館で見学し、現在韓国で新羅土器の名匠に指定されている柳孝雄先生の陶房でも、先生の使用している印花を新羅土器の皿に刻ませていただいた。

新羅土器の印花や、縄目…これは縄文土器が韓国でも発掘されているので、同じ技法を使ってきたことに不思議はない。

新羅土器の印花や縄目が、李朝の粉青沙器の三島につながっていることも、訪韓した時に直感したことだった。

今日、制作した縄文土笛の仕上げに「磨き」を入れた。磨きを入れながら、縄文土器の縄目、新羅土器の縄目、粉青沙器の縄目、印花が、つながるべくしてつながっていた事を思い知った。

人々のダイナミックな交流と移動。今のようにパスポートも国籍もない人々は自由に大陸を往来したことだろう。

磨きをかける前の縄文土笛には、印花文や縄目文が、装飾性だけではなく「土の引き締め」に一役買っていることを縄文人も知っていた、と考えたが、これは新羅土器、粉青沙器の三島にも通じる。

今日、磨きをかけた「縄文土笛」から写真二点を紹介しよう。

縄文土笛「鳥の笛」
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縄文土器のように焼成したら、白さはなくなり、赤土になってしまうが、この時点で見れば、白土を化粧土として施した「粉青沙器の三島」そのものである。「磨き」をかける前に「白土」を化粧しておき、表面が乾燥したら、磨けば、「三島」そのものだ。

磨きをかけた縄文土笛。
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縄文土器や土偶。これらの土器には、良く磨かれてツルツルした肌触りのものが多数見かけられる。
磨くことによって、また内側の土と土の輪積み接着部分を丁寧にすることで、低温度焼成で水漏れする土の粗さを補うことを縄文人は工夫していた。そして磨いた部分と磨かれない凹部分の対比も美的感覚として美しく、面白く感じていたに違いない。

粉青沙器の三島を得意として制作してきた私だが、縄文との繋がりを見つけた。これは、人から学んだことではなく、作り手として自分自身で縄文土器や土偶を見、粉青沙器や新羅土器を勉強し、実際に制作してみて、辿りついた結論である。
posted by 丸山 陶李 at 15:56| 縄文

2010年03月08日

縄文土笛を制作しながら…

縄文土笛の制作中、粉青沙器の技法(印花文、暦手)は「新羅土器」にも見られ、技法的には「縄文土器が始まりだ」と思う。紋様を一面に刻むことで、胎土もしっかりと引き締まる効果がある。装飾以外の土の引き締まり効果を縄文人は知っていたのだ、と思う。

終了した東博の「土偶展」で中空土偶、中実土偶、その成形方法が非常に興味深かった。縄文土笛を作りながら、中空の土偶の厚さが5mmほどだということを思い起こし、輪積み成形だけではなく、刳り貫き技法を用いたかもしれない。と考えている。 刳り貫き技法を用いれば土を薄くできるし、内面の処理も丁寧にできる。

今日も「縄文土笛」を制作。昨日と今日二日間で、11個制作した。今日はフルートのような一穴の土笛も作ってみた。11点すべて「刳り貫き技法」で制作。

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posted by 丸山 陶李 at 17:36| 縄文

2010年03月07日

縄文土笛

昨日の読売日本テレビ文化センター講座で、四年前の開講から受講している方が、「電動ロクロを購入しましたよ!今日は電動ロクロをやらせてください。」と申し入れがあり、最近の受講生も来期からは電動轆轤のカリキュラムに入るので、電動轆轤での土の設置からのべ上げ、のべ下げ、1指、2指、3指での土取り、棒挽き、一個挽きを、全コースの方に説明し実演しました。受講生の皆さんの、食い入るような目と熱気を感じました。

今日は、先日の窯焚き後に制作しようと考えていた「縄文土笛」の制作に予定通り取り組みました。

縄文土器を制作した縄文人のDNAは、私には無い・・・。と、感じていたのですが、縄文に取り組み始めたら夢中になって時間が経つのも忘れました。もしかしたら、縄文人のDNAは、私にも通じているかな?と、嬉しくなりました。

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野焼き」したいところですが、現在「野焼き」は禁止されているため、炭化焼成をするつもりです。

実は、「縄文土笛」は、「夏休み親子陶芸教室」で、毎年「埴輪」作りを紹介してきましたが、縄文土器の素晴らしさを、こどもたちに知らせたく、また「音」の出るものとして土の素朴な響きを体験させたくて、考えたものです。

カルチャーセンターの受講生にも、紹介したいと思っています。
posted by 丸山 陶李 at 20:11| 縄文