2008年06月27日

生徒作品紹介

窯出ししたカルチャーセンターの生徒作品より三点を紹介します♪

◆唐津釉大壺◆
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◆弁柄縞模様大壺◆
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◆紅志野釉コーヒーカップ◆(受講開始まもない方です)
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★生徒の皆さんへ・・・作品は、「癒やしの陶芸BBS」で他の写真を紹介してあります。
posted by 丸山 陶李 at 15:08 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2008年06月22日

深夜早朝の嬌声

21日土曜日カルチャーセンターで釉掛け。
素焼きをしておいた生徒たちの作品は各自、釉掛けを施し、また陶房にもどってきた。

私自身のスケジュールもあり、帰宅後、すぐに窯詰め。
そして夜には火を入れた。窯焚き(本焼き)の始まりだ。

今回の窯焚きは、生徒たちが大壺に挑戦したので、生徒たちの作品だけで窯がいっぱいになる。

作品に「目」を立てるために、道具土を練って大壺につけておこうと(生徒たちの作品は、気をつけないと釉薬が高台に残っていて、棚板までくっついてしまうことが度々ある。何度注意しても、やっぱり今日も数点、危険な釉掛けの作品があった・笑)。

窯詰めの間に、陶房と窯を何度も往復した時のことだった・・・。

陶房の玄関下にうごめく物体!

真っ黒な光る物体!


手指を道具土で泥だらけのままの私は、道具土を入れた入れ物を持ったまま、金縛りにあったように動けなくなった(涙)。

体が静止するのと同時に、
「キャァ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
と嬌声をあげた。

深夜に響き渡る自分の嬌声に、さらに自分で驚く(涙)。

嬌声を聞いて、何事か?とかけつけた夫。

「ヘビ!ヘビ!でか〜いヘビ!そこ、そこ、動いてる!」と、
ほとんど言葉を失って、会話にならない単語の羅列で夫に訴える。

怖いので、陶房のなかに避難して、処置は夫に任せる。

数分後・・・。

「おとなしいヘビかと思ったら、鎌首をあげて攻撃の態勢をとってきた。殺したらタタリがあるかもしれないので(爆)、田んぼに逃がしてやった。」と夫。
「ヤマカガシ(ヘビの種類)かもしれないな。」
1メートルは軽く超えていた長いヘビでした。アオダイショウではないのは、私にもわかりました。

やれやれ。
ヘビが大の苦手な私には、大事件だった。

気をとりなおし、窯場と陶房の往復にせわしなく動き始めたが、またヘビが出現するかもしれない恐怖心を抱えているため、足元が気になる(笑)。

ようやく窯詰めを終え、火をいれる。
素焼きをしてある作品なので、ガンガンと火を焚く。

途中、二時間の仮眠をとり、早朝5時に窯の様子を見に庭にでた。

と、その時。

仮眠をとったとは言え、ボーっとして窯に急ぐ私の目に飛び込んできたものは・・・。


こんどはマムシ!!!!!

昨晩のヘビより短くて茶色いヘビ!

雨が降っていたせいか、マムシが窯小屋の前を横断している。

大急ぎで横這いするマムシ、走るマムシ(?)を見て、またもや嬌声!

私に近づいて来ないでぇ〜!と気持ちを込めて・・・

「ギャァ〜〜〜〜〜ッツ!!」

と再び、早朝の嬌声をあげる。

近所の取手芸大の窯焚きを手伝った時も。
「マムシが多いから気をつけて」と言われたが、
遭遇せずにすんでいたのに。

深夜・早朝と二回もヘビを目撃することになるとは。。。

日頃、ヘビの姿を目にすることなどないので、
(うごめくヘビを目前にしたのは、生まれて初めてでもある)
自然の中での生活、田舎暮らしにあこがれて、現在の陶房に移ったものの、近所を歩くのも怖くなりました(笑)。

こうして、長い徹夜の窯焚きを終えました。

夜が明けてからは、窯焚きの合間に、以下の作業を完了。

★ラッキョウの塩漬け(父のリクエスト)・・ひたすら皮むきが大変でした。

★枇杷の実の袋がけ・・今年こそ鳥に食べられる前に収穫するぞ!と意気込む。

★梅の実を落とし、青梅は梅漬けに、熟したものは梅ジャムに・・今年の収穫は15キログラムも!

窯焚き後、すべての作業を終了してから、ベッドにもぐりこみ、恒例の爆睡でした(笑)。

近所の農家では枝豆の収穫が始まりました。
いただいた枝マメを、鼠志野八角鉢に盛り付けて。
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posted by 丸山 陶李 at 22:27 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2008年06月10日

死して茶碗を残す

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400年以上も昔の名も無い陶工が残した茶碗。
青井戸茶碗と日本では呼ばれています。

茶碗の見込みには、経年使い込まれて生じた雨漏りが半身に広がっていますが、茶溜りは抜けて白い満月のような景色がでています。

この茶碗に「玉兎」(ぎょくと)と銘をつけました。
古来、中国では満月のことを「玉兎」と呼んだそうです。
茶溜りの白くぬけた景色を満月と見立て、「玉兎」と命名しました。

こちらが見込みの画像。
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青井戸茶碗と日本では呼んでいますが、
青い釉胎を呈するものもありますが、朝顔型いわゆる井戸型で、轆轤目も力強く、高台に梅花皮を呈するものを青井戸茶碗と呼んでいます。

こちらが梅花皮を呈した高台。
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念願かなって、ようやく真の井戸茶碗を手にすることができました。もう、見惚れてしまって眠れないです。静かに興奮しています。

悠久の時を超え、海を渡り、人の手から人の手へと大切に伝えられてきた茶碗です。

名も無い李朝の陶工は、死してなお茶碗を残したのです。

陶工として、井戸茶碗を追究している者として、
井戸茶碗に魅せられて作陶を続けてきた者として、
本物の博物館でしかお目にかかれなかった青井戸茶碗を手にしたことは、一生に幾度もない感激の一つになることでしょう。
果てしなく、茶碗との対話が続いています。

そして・・・
「私の井戸茶碗」を残したい一心で作陶を続けてきた自分に、
苦しくとも陶芸家として頑張ってきた自分に、
やっと手元に置けた本物の井戸茶碗の感触に、
涙がとめどなく溢れてくるのです。

身分は低く、賤民に等しかった李朝の陶工たち。
彼らの活躍していた時にタイムスリップして、こんなに素晴らしい茶碗を、ありがとう!と話しかけたいと思うのです。

マッカリを呑みながら、陶工たちは、どんな話をしていたのでしょうか。

400年以上の時を経て、窯から出たばかりの茶碗に景色がつき、こんな枯れた姿を見せてくれているのを、知ることもないままに土に還っていったのですね。茶碗の育った姿を想像したでしょうか。

明日もバイト。
でも、頑張る!

帰宅して、この茶碗で抹茶を点てる時間を楽しみに頑張る。
これから毎日、「玉兎」と語り合う喜びと楽しみができました。

「死して茶碗を残す」一人の陶工でありたい、と思いを新たにしています。
posted by 丸山 陶李 at 23:37 | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2008年06月03日

欲しい!

私の李朝コレクション・陶磁器コレクション
骨董少女と呼ばれた数十年前から始まって、
大詰め、という感じです(笑)。

今日は帰宅したら郵便ポストに、「鍋島の皿を購入してくれないか」と、コレクターからの手紙が届いていた。
鍋島を購入する気もないが、価格を見てさらに驚き。
軽く一千万を超えている!

コレクターの方から、購入依頼が来ることも今までにも度々あったけれど、こんなに高額なのは初めてです。

陶芸家なんて貧乏しながら作陶してる人が多いのにね。
でも、貧乏ながらも「良いモノ」を、ご飯を食べなくても手元に置きたくなる人が陶芸家には多いということを知っているんでしょうね(笑)。

また、コレクターの方が購入した陶器の鑑定依頼も何度か依頼されたこともあるけれど、画像が悪くて判断に困るものが多かった。せめて写真を送るなら、大判で鮮明なものを撮影角度を変えて数点は送って欲しいものである。
実物を見なくとも、画像が良ければ、ある程度判断はできることが多くなってきたが、これは昨今のデジカメの性能が格段にアップしているから。

完品を求める骨董好きな方が多い中、
作陶の参考になるものや、陶片などを収集してきたので
完品のものは、ほとんどないのが私らしい(笑)。

骨董を見に行っても、最近は「欲しい!」と思うものも少なくなり、
「連れって行ってよ」と語りかけてくる品物も滅多にない。
たまに、「連れて帰って?」と語りかけられても、
「ごめんね、連れて帰れないよ」と諦めざるを得ない事のほうが多いかも(笑)。

陶磁器と同時に李朝の木製品にも、とても惹かれて
家具類も増えてしまったけれど、もう置き場所が・・・。

そのような状況で、久しぶりに「欲しい!」と思わされたモノが出てきた。

これ
何だかわかりますか?

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手捻りで作られた瓦です。
李朝時代のものです。

時代が下がると、型物になってしまう瓦ですが、
これは、手捻りによるものです。

こういうものが作陶を触発してくれるんですよね。
是非、手に入れたい!と思っていますが・・・。
posted by 丸山 陶李 at 21:14 | TrackBack(0) | 高麗・李朝