2007年10月30日

美の求道者・安宅英一の眼

特別展
「美の求道者・安宅英一の眼―安宅コレクション」

The Eyes of Ataka Eiichi, Seeker of True Art
Selected Chinese and Korean Ceramics from the Ataka Collection

東洋陶磁のコレクションとして質、量ともに世界でもトップクラスとされる安宅コレクションの名品展が、28年ぶりに東京で開催されています。
行かなくちゃ!!です(笑)。
京都で陶セラピーの講演依頼を受け、その帰路、大阪に立ち寄り、飛行機の出発時間ギリギリまで、大阪東洋陶磁美術館で安宅コレクションを堪能したのが、四年前になる。
時間をかけてゆっくり拝見し、メモも取ってきたが、今回また東京でコレクションに接することができる機会を得、わくわくしています。

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◇とき   2007年10月13日(土)〜12月16日(日)
◇ところ  三井記念美術館 (日本橋)

◇開館時間  10:00〜17:00  (入館は16:30まで)
※但し12/1(土)〜12/16(日)は10:00まで (入館は18:30まで)
◇休館日 月曜日

◇入館料 一般1000(800)円、高大生700(600)円
※身体障害者手帳、中学生以下は観覧料無料



◇概要 〜展覧会案内文を参考に〜

「ものは 三顧の礼をもって迎えるべし」――安宅英一

東洋陶磁のコレクションとしては世界第一級の質と量をほこる「安宅コレクション」。 安宅コレクションが住友グループ21社から大阪市に寄贈され、その収蔵・展示施設として大阪市立東洋陶磁美術館が開館してから、本年で25年がたちました。

安宅コレクションは、かつての安宅産業が、企業利益の社会的還元と社員の教養向上を目的に、事業の一環として収集したコレクションで、韓国・中国を主体とする東洋陶磁の名品コレクションを中心とするものです。 

このコレクションの形成にあたってもっとも大きな役割を担ったのが、元取締役会長・安宅英一 (あたか・えいいち 1901-94)です。 安宅は、美術のみならず音楽にも造詣が深く、戦後日本の音楽界においてパトロン的存在として多大な功績を残した人物でもあります。 安宅コレクションは、類いまれな芸術的天分にめぐまれた安宅英一の研ぎ澄まされた鑑識眼と、自らの美的価値観に対する妥協のない完璧主義によって生まれたものであり、彼の存在なくして安宅コレクションを語ることはできません。 

安宅英一の眼によって選びぬかれた作品群――「安宅コレクション」は、ひとりの愛好家のまなざしによって創造された芸術作品ということもできるでしょう。 東洋陶磁美術館に世界ではじめて自然採光室が設けられたのも、安宅の眼が見出したものをなんとか伝えようという動機からでした。

本展は、第1部 「コレクションの形成」 (第1期・草創期、第2期・発展期、第3期・成熟期、第4期・整理期)、第2部「美の選択」、第3部 「安宅コレクションの小品」 の三部からなります。 《飛青磁花生 (とびせいじはないけ)》、《油滴天目茶碗(ゆてきてんもくちゃわん)》 の2点の国宝をはじめ、《青花蓮池魚藻文壺 (せいかれんちぎょそうもんつぼ)》などの12点の重要文化財、《青磁象嵌牡丹文鶴首瓶 (せいじぞうがんぼたんもんかくしゅへい)》などの初公開作品、関連作品などを紹介しながら、かつてない規模と内容によって、安宅コレクションの形成過程とともに、「美の求道者・安宅英一の眼」にせまります。 


◇関連講座
「茶の湯の中国陶磁 −国宝 油滴天目によせて−」
2007年12月8日(土)13:30〜15:30
講師: 赤沼多佳(三井記念美術館 参事)
聴講料: 2,000円(税込)
※定員50名(先着順・要予約)

◎巡回先
〔大阪〕大阪市立東洋陶磁美術館 終了
〔福岡〕福岡市美術館  2008年1月5日(土)〜2月17日(日)
〔金沢〕金沢21世紀美術館 2008年2月29日(金)〜3月20日(祝・木)

詳しくは・・・
三井記念美術館公式HP

※常に一流を見、聴くことを徹底。教育者としても貢献した安宅英一氏

 安宅英一氏(1901-1994)は香港に生まれ、兵庫県神戸市神戸高商(現・神戸大学経済学部)を1924年(大正13年)卒業。1925年、安宅商会(のちの安宅産業)に入社。
その後ロンドン支店長となり、1945−47年及び1955−1965年の2回会長を務めました。中国や韓国の古陶磁のコレクターとして有名です。
しかし、もともとピアノや指揮の勉強もしていた安宅氏は音楽にも造詣が深く、東京藝術大学に「安宅賞」を設け、成績優秀な音楽と美術の学生に奨励金を贈り、若手芸術家の育成に努めています。
また「常に一流のものを見、一流の人とおつきあいする」ことを信条とし、相撲の世界では双葉山、歌舞伎では六代目菊五郎、戦後は鶴之助(現五代目中村富十郎)、バレエでは谷桃子などを後援しました。
またピアニストの中村紘子に中学生の頃から本物の陶磁器に触れさせるなど、「精神的な一流を保つには一流のものを知っていなければならない」という徹底的な精神主義で多くの芸術家を育ててきました。
posted by 丸山 陶李 at 12:33 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年10月29日

Allegri - Miserere - Part 1

私は、タリス・スコラーズの大ファンで、バッハ・コレギウム・ジャパンと同じくらい良くCDを買ったけれど、アレグリの「Miserere」は一度は歌いたい曲で、繰り返しタリス・スコラーズのCDを聴いてきたけれど・・・

もう無理!(笑)

You Tubeで楽譜入りの「Miserere」を発見し、楽譜を見ながら歌ってみたけれど、ソプラノの最高音は"C"。Bまでは何とか出たことも過去あったけれど、もう今はAが限界。今後Cが出る事はないだろう、と思う(涙)。

楽譜での最高音がCだとして、これをバロック・ピッチで歌ったとしてもB♭・・・今はもう無理(涙)。

せめて、楽譜を見ながらタリス・スコラーズの演奏に聞き入ることにしよう。一度は歌いたかったなぁ・・・Miserere

posted by 丸山 陶李 at 23:54 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年10月27日

スパイラル

かつての個展で発表した”Future”は、未来へ向けて歩みはゆっくりでも、少しずつ上昇しているんだ、という事を表現した作品でした。

発表時の皆さんからの反響も嬉しいものでしたが、思考を表現しメッセージを発信できる仕事として陶芸を続けてきて良かったと表現者としての自分の存在を嬉しく思ったものでした。

”Future”
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この作品のテーマとなったのは「スパイラル」です。
未来へ向けて、少しの振り返りと後退がありながらも、私達の歩みは、上昇を続けているんだ、と信じて行こう・・・そんな事を考えつつ完成した作品でした。

私の生徒の一人が今、本当にゆっくりと病と闘いながら陶芸を楽しんでいます。この一年の進歩は目を見張るものがありました。病との闘いの中で、陶芸やオカリナの音に少しでも癒され、自信をつけて再起することを、私も陰ながらいつも祈り続けています。

鬱病・・・この病の恐ろしさを私自身も身近に、そして自分自身も体験しました。焦らずゆっくり行きましょう・・・と。
今の時代のスピードに逆行するようであっても、必ず回復することを信じています。

その生徒さんが、一生懸命段取りして準備してくださった窯焚きには体調不良で参加できなかったのですが、窯から出てきた作品は、まるで炎から祝福されているかのように、素晴らしいものでした。

ようやく、その生徒さんの手元に先日の窯出し作品が届いたようです。ブログに綴った一字一句を凝視しながら、「自分の目」で、自分の作品を冷静に見つめる目も育ってくれていることがわかり、本当に嬉しく思いました。

スパイラル!未来に向けて、上昇志向でゆっくりと回復されることを祈っています。陶芸家として、生徒の成長を見る事、見守っていきたい、そして一緒に歩んでいきたいと思っています。

こちらが、生徒さんのブログです。
posted by 丸山 陶李 at 20:47 | TrackBack(0) | 制作過程・窯出し作品

2007年10月12日

敗者の母

東京の実家には、生前、母が病床で綴っていた「日記」「歌集」が、帰天後も、そのまま本棚に置いてある。

父は、「日記」も「歌集」にも全く手を触れようとしない。
読むと悲しくなるからかもしれない。

今週、墓参りに行く前に、母の「歌集」を手にして読んでみた。
以前、新聞にも母の歌が掲載された事もあったが、
世を去ってから母の歌を読むのは初めての事だった。

昨今「勝ち組」「負け組」と区別するのが流行っていたが、
何をして勝敗とするのか、おかしなものだ、と思っていた。
人生での有名大企業への就職や、裕福な生活、玉の輿の結婚など、
そのような世の価値観が存在することは認めているが、
自分自身の幸福の価値観を、そこに置くことは愚かしい、と
常々考えていた。

おそらく生前、テレビでスポーツ選手の勝利インタビューでも見たのだろう。
母の歌集に、こんな歌が詠まれていた。

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どんな子であれ、我が子の幸福を祈らぬ母はないだろう。
私の母も、涙の中で、どれほど私のことを祈ってくれた事か、歌集の中に私の折々の姿が登場していた。

なかでも・・・
この歌に泣けてしかたなかった。

母の日記は実家の本棚にそのまま。
この歌集は私の手元に置いておくことにして、持ち帰った。
召されてなお、母の愛は私を育ててくれている。
posted by 丸山 陶李 at 15:58 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年10月11日

御殿場・箱根・湯河原・湘南

今月からバイト先で新しい業務に赴くので、土日も出勤が入っている。今週末からの多忙を予想して、父に会いに東京へ向う。

昔、父の運転でドライブした懐かしい場所の思い出を辿りながら、私が運転して一泊二日で秋の一日の思い出作り。

まずは、命日に行けなかった母のお墓参りに御殿場へ。
ひんやりとした空気が美味しい。

いつ来ても、天国への入り口を思わされるような素晴らしい環境の霊園だなぁ、と父もこの場所を墓所としたことを改めて喜んでいた。墓石には母の帰天後に十字架も刻んで、父もカトリック信徒となる日を待っているようだ。いずれは私も、ここに眠るんだな・・・と、そう遠くはない未来を思いつつ、母の墓前で祈りをささげる。

今日のドライブコースは、懐かしい場所ばかりを選んで、珍しく私が主導権を握る(笑)。

御殿場から箱根へ抜け、仙石原のススキの大草原を見ながら秋の訪れと、かつてドライブした昔の思い出を重ね合わせる。訪れる人は変わっても、自然の景色は、そのままに残っていることが、人の命のはかなさを認識させられる。

箱根湿生花園に立ち寄るが、散策のみで芦ノ湖に足を向ける。湖尻では、懐かしい遊覧船が丁度芦ノ湖一周で湖尻に到着するところだった。芦ノ湖をドライブで一周し、父がゴルフの打ちっ放しを、かつて楽しんだ練習場からも湖を撮影。

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芦ノ湖から、湯河原には箱根ターンパイクで降りる。いつまでも続く長い下りの道に箱根の標高が高いんだなぁ、とため息。カーブを一体何回曲がっただろう。飛ばせない怖い道だ。

湯河原に到着後、新鮮な魚を食そうと、ちょっと足を伸ばし真鶴半島へ。船に盛り付けられたシマアジが、とっても美味しかった。食べきれず焼き物類は持ち帰るハメに。父も私も小食なのに、コース料理はてんこ盛り・・・。

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再び、湯河原へ戻る。
何が目的というわけではないが、「人間国宝美術館」から招待券を頂いたので、立ち寄らせて頂いた。東京国立博物館の前陶磁室長だった矢部良明さんが現在館長を務めていらっしゃり、人間国宝の作家の手による茶碗で、お抹茶を頂けるので、普段手にすることのできない茶碗で、お茶を頂いてきた。
四階建ての各階には、見事な人間国宝たちの作品や、古陶の名品が並んでおり、「素人目にも素晴らしい作品だと分かるね」と父。私もそう感じてもらえる作品を発表しているか?は怖くて父に問えなかった(笑)。

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左は、鈴木蔵氏の志野茶碗。これで私はお茶を頂いてきた。参考までに、この茶碗の価格は220万!

右は、父が選んだ湯河原在住の細川護煕氏の唐津茶碗。普段、お茶をたしなまない父だが、なぜか抹茶の頂き方を分かっており、どこで覚えたのかな?母に教わったのかな?と、少しばかり驚いたりした(笑)。細川護煕氏は人間国宝ではないけれど、湯河原在住の作家ということで、展示室が設けてあった。

その後、夕暮れの湘南海岸をドライブ。
久しぶりに走った西湘バイパス。先日の台風にやられた防波堤の工事中だったが、ニュースで見た場所を目の当たりにすると、波の凄まじさがよくわかる。自然は美しく、大切な思い出としてフラッシュバックで蘇る光景もあるけれど、こういう被害の跡もなお、自然への畏敬を掻き立たせられるものですね。西湘バイパスは昔、免許不携帯で一斉取締り時にひっかかった苦い思い出もあるけれど、走りたかったコース。さらに江ノ島・鎌倉と足を伸ばしたかったけれど、父も私も疲れて足腰が痛くなり始めたのでパス。今度は江ノ島・鎌倉を訪ねよう。葉山・油壺にも父を連れて行こう♪

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posted by 丸山 陶李 at 17:07 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年10月08日

読売新聞掲載秘話

忙しさの中で私が一番苦手な「整理」が後回しになっている(笑)。
何を優先して行くか?は、いつも私の脳裏を駆け巡る悩ましい問題でもある。

7月31日(土)付けの「読売新聞」夕刊に、うちの生徒さんの作品が掲載されたのだが、今頃になって職員から渡された、その新聞のコピーを整理している(遅すぎ・・・)。

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この作品には掲載される過程の、ちょっとした秘話がある。

読売職員:「読売新聞の夕刊に、この教室の生徒さんの作品と名前を掲載したいので、写真を撮影させて頂いてもよろしいですか?」

私:「生徒の作品は、焼成後は各自持ち帰っているので、改めて撮影用に届けてもらわないと、すぐにはないですね・・・」
私:「あ、ここに置いてあるのは、誰のだか不明な作品なんですけれど、なかなか良い味が出ているので、これどうでしょう?」

読売職員:「あ!この作品良いですね。では、ちょっとお借りして撮影させていただけますか?生徒さんの、お名前も掲載したいのですが、お名前を教えてください。」

私:「ん?これサイン入ってないけれど、誰のですか?」

生徒たち:「僕じゃないな。」
     「私のでもないです。」
     「○さんのじゃないですかぁ?」
     「素敵な作品だから、×さんのじゃないでしょうか?」
   
私:「んー。誰のかわかりませんので、名前無しということで、お願いします」

・・・そして数ヵ月後。読売新聞に掲載された記事のコピーを頂いて・・・。

私:「この作品、やっぱりNさんのだと思うんですけれど、心当たりありません?」

生徒N氏:「そう言われるとそうかもしれませんが、白化粧をぼかして入れた記憶がないし、この作品の白化粧はぼかしてますよね。」

私:「!」
  「よく白化粧泥を掻き混ぜないで、浸したでしょう?そうすると上水の部分は薄くつくので、ぼかしたようになるんですよ。」

生徒N氏:「あ、そうだったのか。それなら僕がやった記憶あります。」

一件落着!(爆) 

私:「そうだとわかっていたら、読売新聞に作者名で、Nさんの名前が掲載されたのにねぇ。。。」

生徒N氏:「そうだったのか・・・。」

作ったものが窯から出てくると、焼成前後の様変わりで自分の作品が予想外の焼き上がりになるので、このような事件も起こるのでした・・・。
くれぐれも「サイン」を、お忘れなく!(笑)

先日の土曜日の教室で、生徒さんたちが自宅で作ってきた作品を持ち帰り乾燥中。
レベルアップしているのが、私が見てもよくわかる。
みなさん、本当に熱心だ。
そして工夫がある。感心!

只今、技法を毎回課題として一つずつ指導していますが、前回までは「鎬」「面取り」。先週からは、各自自作した印花を使って「三島手」を生徒さんたちに伝授中です。

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posted by 丸山 陶李 at 14:15 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年10月02日

訂正

涼風がお茶を一際美味しく感じさせる嬉しい季節になりました。
十月の今日は、しとしと雨が降り出し・・・。
こんな日に仕事が捗るのは、昔から雨の日に家の中で遊ぶのも好きだったせいかな。

個展前の追い込みを思い出すとゾッとするけれど(笑)、
今は、じっくりと井戸茶碗の追究の時が持てて、しあわせ。

先日、お電話でご招待のお話と、お問い合わせを頂いたM氏へ。
ブログを読んでくださっていたら、訂正があります。
1.梅花皮のない貫入のみの井戸茶碗の話の時、「柴田」と言ったのは「金森」の間違いでした。

お詫びに、今日挽いた井戸茶碗の「見込み」の写真を。
高台を絞って、その後、指で引きちぎるようにすると、こんな感じになります。(すべてではないのは、お話した通りです)
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その他、二三点お話した事の中に訂正がありましたが、いつかお目にかかる日にでも・・・。

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轆轤の上ですべてを決める・・・指と箆で轆轤から茶碗を引きちぎっても、斜めにならないで真っ直ぐに設置できるようになりました。訓練の賜物(笑)。
posted by 丸山 陶李 at 03:27 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連