2007年09月28日

嘘をつくから、ニセモノのラベルを貼られる。
ありのままなら、良いモノのままでいられるのに。

嘘を見破る事ができないから、
ホンモノと信じる人たちの手によって、
ニセモノがホンモノとして伝わってしまう。

ありのままなら、良いモノなのに。

嘘を承知で、売るのは詐欺だけれど、
騙される人が多いから、そんな商売も成り立っているのだろう。

売る人も知らずに、ホンモノと信じている場合は、
ニセモノがホンモノとして世にでてしまう。

ある古美術商に
「これは、李朝ではありませんよ」
と私が言った時、主人の顔には、明らかに狼狽する表情が見て取れた。

しかし、
「いいえ、李朝ですよ」
と、その方は反論できなかった。

知ってか知らずか、李朝でないものを李朝として売るのは信用を失くすのは当然だが、その人の鑑識眼を疑う。
当然、他の品物にも疑問符がつく事になる。
一点の嘘が、すべてに及ぶ。
眼は、この点において、命取りともなるギリギリの世界。

何を信じるのか?

結局は、自分の眼しかない。

自分の眼を信じるに足りるものにするには、
ホンモノを見続け、時には騙されながらも、
眼を養っていくしかない。

ホンモノを知れば、ニセモノは安易に見分けられるのだから。

世の中には、必要な嘘もあるけれど、
嘘を真実としようとする行為には、吐き気がする。

ありのままなら、良いモノなのにね。

私が、古物の箱書きや、能書き、作者名や肩書き、を信じない理由。

良いモノは良い。
ありのままで良い。



posted by 丸山 陶李 at 11:40 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年09月24日

金祝ミサ

洗礼を授けていただいたザベリオ・イドヤガ神父様(スペイン・バスク出身・フランシスコ会)が司祭の誓願を立ててから50周年となる金祝の記念ミサが、群馬県桐生のカトリック桐生教会で行われた。

アシジの聖フランシスコに出会ってカトリックに導かれた事は、私にとって人生の大きなエポックだった。

今は在世フランシスコ会で誓約も立てているが、プロテスタントの高校出身でカトリックの大学を卒業した私が、カトリック信者として生きようと思わされたのは、アシジの聖フランシスコとの衝撃的な出会いがあったからだった。

そしてカトリックの洗礼を受けたいと願った時に、ちょうど長野という地でフランシスコ会の修道院のあるカトリック教会が身近に存在していたことも、今思い返すと何か導かれていたように思う。

私が受洗した時は、ザベリオ神父様の銀祝(司祭叙階25周年)の年であり、私は当時の横浜教区司教であった濱尾文郎枢機卿様から堅信の秘蹟を授けられた。

何十年経過しても、ふがいのない信仰だと自分を振り返りつくづく思うけれど、ザベリオ神父様が司祭・宣教師として遠くスペインから日本にいらして50年という年月が流れたことに思いを馳せると、言葉や文化風習の壁に悩まされながらも、常にエネルギッシュに私達の霊性を導いてくださったことには感慨深いものがある。

今日の記念ミサの冒頭「神聖なミサを祝う前に、私達の罪を赦してもらいましょう」で始まる回心の言葉を告白しながら、いきなり涙が止まらなくなる。ここ数ヶ月、自分の心に渦巻いていた汚れをシミジミ感じたからである。

赦しを乞い始まるミサって、改めて凄いな、と実感する

固い話は、さておいて・・・。

50年のザベリオ神父様の記念ミサで、神父様の要望で私のカリスとパテナ、そしてチボリウムが合わせて5組使用されたこと、心から陶芸家になって良かったと感謝したことでした。

今日の司式は、前川登フランシスコ会日本管区長様。司祭8人の共同司式。祭壇の上には、六月の個展で発表した私のカリスとパテナが三組。

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そして御聖堂の入り口には、私の制作したチボリウムが二点、信徒のホスチアが入れられていた。

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ミサ後、懐かしい長野教会の皆さんとも再会、皆さんも今日のために泊りがけで、桐生にいらしたそうだ。ザベリオ神父様に育てられた言わば「ザベリオ・チルドレン」たちでもある(笑)。
盛大な各国のお料理を桐生教会の信徒さんたちが用意してくださって、庭でのパーティ。外国人がとても多い教会でもある。

美味しいお料理を頂きながら、ザベリオ神父様とツーショット。今日の金祝は、まるで自分の実の父のお祝いをしていただいているかのように嬉しかった。私も心の元気信仰の元気を、たくさん頂戴した。ザベリオ神父様、日本に来てくださって本当に有難う!!
いい仕事ができそうです♪

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記念ミサの最後には、教会学校のこどもたちと一緒に、ザベリオ神父様の歌が披露された。神父様の合いの手(奇声?)には爆笑しました。



ザベリオ神父様自作の「ふるさと」を歌う。
私は神父様のチャリティ・コンサートを企画したことがあり、何度か聴かせていただいているが、今日も会場からすすり泣く声が聴こえた。



「ふるさと」 ザベリオ・イドヤガ/作詞作曲

幼き日、母と二人で、故郷の丘に登りて
眺めたよ、あの山小川。
今はもう、遠いふるさと。

父母よ、ご無事でいてか?
我、今日も神に祈らん。

ロザリオに願いをこめて、静かなる村の教会。

「いつの日か、神の国で」と、
別れの日、誓ったことよ。

今もなお、胸に残るよ
ふるさとの、あのぬくもりが。

我が命、神のみ知るや。
御恵みの尊き使命。

今もまた、愛ひとすじに、
神と人に、仕える羊。




posted by 丸山 陶李 at 22:18 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年09月22日

佳境

k-kannyu.jpg 十年程前だろうか、粉引で作った鉢。引越し時にテストピースを無造作に突っ込んだダンボール箱から出てきた。

植木鉢の鉢カバーとして使った記憶があるが、泥にまみれて汚れていた。お湯で綺麗に洗ったら、こんな具合に細かい貫入が入り、雨漏りも出て、育っていてビックリ!古色を付けたワケではないのに、ハネた十年前の粉引のテストピースから、小貫入のヒントを与えられ、収穫を得た。


a-e.jpg 先日、カルチャーセンターの生徒さんの窯焚き実習の際、一緒に焼成した井戸釉のテストピース五点


e.jpg 井戸釉のテストピースのうちの一つ。迷路のようだった井戸釉の模索だったが、大きな示唆が与えられた。


f.jpg こちらは、井戸釉ではないけれど、ある実験をしたテストピース。見る人が見れば(?)何の実験かわかりそうです・・・。


以上、十年前の粉引のテストピースから小貫入の示唆を得、今回の窯焚きのテストピース六種類から、私の井戸茶碗の釉薬の調合が決定しつつあります。

佳境・・・です。

posted by 丸山 陶李 at 23:58 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年09月17日

実習光景と窯出し写真

二日間のカルチャーセンターの生徒さんたちによる、窯詰め・窯焚き実習のスナップ写真です。

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ワイワイ大勢で窯詰め・窯焚きするのは、楽しい思い出となりました。(いつも孤独な作業の連続ですから・笑)

今日窯出しした、皆さんの作品。

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posted by 丸山 陶李 at 22:59 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年09月16日

感動と失声

昨日夕方に火を入れてから、徹夜で火の番。
九月も半ばというのに、蒸し暑い上、先週はバイトで疲労困憊することも重なっての窯焚きで、さすがに体力的にキツイ。

朝十時、陶房にカルチャーセンターの生徒さん達が到着するまでに、窯の温度を1200度に持っていけるように調整、自分の窯焚きより火の番に神経を使う(笑)。

昨日と入れ替わった生徒さんもいて、今日も総勢7人の生徒さんと火を止めるまでの時間をご一緒する。

ありふれた土、泥んこ遊びの泥。
その土が炎に包まれて宝石のように輝いている。

作品に自分達で掛けた釉薬が溶けて輝き、
炎の中でピカピカに光り輝く姿を見て、
生徒さんたちは、皆さん感動していた。

この感動を味わって欲しかった。


窯の中の炎に包まれた自分達の作品を見る生徒さんたちの歓声が響く。

炎の洗礼を受けた土が、透き通るような形を見せながら
炎の中で、頑張っている。

陶芸という芸術は泥を宝石に変える錬金術師のようだ。

窯焚きを体験しながら、陶房で皆でワイワイ話が盛り上がり、
普段、広い教室ではナカナカ聞けない質問も、たくさん飛び出し、
教室での講義とは違う、熱い講義となり、
充実感もたっぷりですが、徹夜の影響で声がでない(涙)。

でも生徒さんたちの、感動する声、姿を目の当たりにして、
私にとっても、やって良かった窯焚き実習となりました。

火を止め、生徒たちが帰宅した後、例によって爆睡!
睡眠をよくとった後は、声も回復してきて楽になった。

さて、明日の窯出し。
自分のテストピースが気になります。
どうなることか・・・。

乾燥中の注文の粉引旅茶碗。
テストピースの様子を見て、今までと違う調合の、かつて李朝の三島に使われていたような釉薬が再現できれば、と思う。

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posted by 丸山 陶李 at 22:16 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年09月15日

窯詰め・窯焚き実習

読売日本テレビ文化センターの生徒さんたちによる
窯詰め・窯焚きの実習日。

今日は、カルチャーセンターを離れて、陶房に集合していただき、
自分たちの作品を棚板を組んで、目をたてて、窯詰めする作業。
最後には窯に火を入れていったん解散しました。

明朝、また陶房で窯焚きの様子を自分たちの目で確かめ、炎の様子を見てもらう予定。

二日間の実習だが、いつも一人で、この作業をしている私としては、今日の参加者は7人でしたが、
「やっぱり窯詰めは、大勢が良いなぁ」と思いました(笑)。

デジカメで記念撮影などしていただいたのですが、後日ファイルが到着するまで、スナップした二枚を紹介します。

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すべて生徒さんが窯詰めして棚板も組んだ今日の窯。
まだまだ作品は詰められたですね。
「私の作品は入れないから、自分たちで責任もって窯詰めするように」と言ったのですが、私の釉薬のテストピースを6種類、入れさせてもらいました(笑)。
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posted by 丸山 陶李 at 18:26 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年09月10日

瓦胎漆衣

中国・前漢時代(B.C.3〜1世紀)に、瓦胎漆衣という技法がありましたが、現在、私は陶漆と簡単な言い方に変えて作品の中で、漆のマチエールを楽しんでいますが・・・。

先日、素焼きした土鈴に今日は瓦胎漆衣で楽しんでみました。

「李」の陶印入り土鈴
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鳩の土鈴
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童子たち
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魚紋の土鈴
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てるどさんに対抗してミニチュア一輪挿(笑)
こちらの一輪挿は、土鈴にするのを忘れました。
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こちらの鶴首一輪挿は、土鈴になっています。
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三島手用の新作印花も作ったょ♪隣は黄化粧をした茶碗だょ(見事、崩壊・涙)
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posted by 丸山 陶李 at 15:55 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年09月07日

傷が似合うよ

陶磁器の蒐集家、特に骨董では「傷」にこだわる人を多く見かける。
なかでも、磁器を蒐集しているコレクターは「ニュウ」「ホツ」「ワレ」「カケ」「ムシクイ」など、ルーペを持って神経質にモノをチェックする方が多い。

古伊万里や中国陶磁などは、ある意味「パーフェクト」が求められると言っても良いだろう。

私は、シンメトリーでビッチリ細密画のように絵付けされた陶磁器は、今は全く興味がないので、陶磁器を見る場合、欠点とされる「傷」などは気にならない。
むしろ、陶片のように割れて土味が見えるものは大歓迎です(笑)。

人間の美意識を語る場合、日本人の美意識には一種独特な血が流れているように思う。

それを茶人たちは「不完全の美」と言って喜んだのだろうが、世界中探しても、割れた茶碗を金継ぎして「良い景色ができた」と喜ぶ民族は日本人だけである。

桃山時代の古田織部などは、わざわざ茶碗を割って金継ぎし、景色を作ったのだから、思い切った人だと感心する。

大井戸茶碗の「須弥(しゅみ)」は、「十文字井戸」とも呼ばれているが、わざわざ扁平に開いた茶碗を十文字に割って上部の幅を縮め、碗形に整えたものであるが、古田織部の美意識に見える大胆さには驚かされる。

最近、特に思うのですが、
「李朝の陶磁器」(もちろん磁器も含めて)は、「傷」が似合う。

茶碗にしろ、花入れにしろ、皿にしろ・・・伝世品が少ない李朝の陶磁器は傷モノが多い。もちろん完品も目にすることができるが、李朝陶磁器ほど、傷が気にならない陶磁器は無いと思う。

傷をも含めて、鑑賞に堪え、なおかつ自然体で語り合うことのできる陶磁器である。

日本民藝館の白磁(軟質白磁)大壺の前で胡坐をかいて、数時間座ったまま対峙した時、
壺のゆがみが、人の手で使われてついた無数の傷が、年月を経て染み付いた貫入の染みまでもが、飽きることなく私に語ってくれた。
その存在は、静謐で寡黙でありながら、傷をも受容し時代の空気を吸い込んで、沈黙する素晴らしさを教えてくれた。

身の回りの李朝陶磁器を手に取り、ある時は薄茶を点てて使いながら、
「傷が似合うよ・・・」
と、心の中で話しかけている。

私たち人間は皆、不完全なものだからだろうか。

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※台風ニュースを英語で聴いてみる。
posted by 丸山 陶李 at 19:39 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年09月06日

あれから六年

2001年の陶李エッセイで、ルチアーノ・パバロッティの引退の事を書いて、引退を惜しんだが、71歳で膵臓癌で、とうとうパバロッティが帰天した。

昨年、トリノ・オリンピックで引退後のパバロッティが相変わらず素敵な声を聴かせてくれ、三大テノールも復活しないかなぁ、と思っていたが、オリンピックでの歌声も耳に新しいまま亡くなってしまった。

パバロッティの訃報に接し、
ん〜。。。
なんか淋しい。。。

The beauty of Luciano Pavarotti, RIP 1935-2007

You Tubeで、パバロッティの歌う「笑え!パリアッチョ」を見つけた。(レオンカヴァッロ作曲:「道化師」より)

■以下2001年「陶李エッセイ集」より■

◆パバロッティの引退


 つい前の日記の中で「ブーイング」を受けたと書かせていただいた「ルチアーノ・パバロッティ」の記事が、今日新聞に出ていた。どうやら65歳の今を最後に引退の意向があるようだ。

 ブーイングを受けたとは言え、身体が楽器となる声楽のプロは、本当に大変だと思うし、またパバロッティの伸びのある高音の美しさを、随分楽しませて頂いた。これからもその名は語り継がれるだろう。

 普段は、オペラにはあまり関心を向けず、古楽一辺倒の私であるが、カレラス・ドミンゴ・パバロッティと三大テノールの競演を、テレビではあるが楽しめたのは、幸せだった。

 カレラスの病魔を克服しての復帰後の歌声の随所に現れた精神性を私は、高く評価している。3人の中では一番小柄なカレラスの歌い上げる曲には、魂が籠もり、人をじっと聴き入らせる何かがあった。歌う姿からも、誠実で真剣な好印象を受け、私は好きだった。

 ドミンゴは、なんと言っても「笑え、パリアッチョ!」が忘れられない。デビューまもなく、人気が鰻登りだった頃のドミンゴの同じ曲を聴いたことがあるが、その若い頃の声量豊かな伸びのある声は、確かに目を引く才能を感じさせられた。

 しかし、最近の「年を重ねてからの」ドミンゴのパリアッチョは、感動だった。声量や声の艶が若い頃と違うと言うことではなく、ドミンゴが生きてきた人生での体験だろう、パリアッチョの悲哀が、ドミンゴによって深く理解され、同化され、心の奥から歌い上げるパリアッチョに変わっていた。

 私は、年を重ねたドミンゴのパリアッチョを聴くたびに、深く感動した。若い頃は、アナリーゼや持っている若さで、それなりに表現したのだろうが、どうも聴き比べると、「字面を追っている」ような感じを受ける。年を重ねることが、彼の芸術性をますます高めたと思っている。年を重ねることが、このようなものでありたいと、思わされた。

 パバロッティの愛くるしさとイタリア人という陽気なキャラクターは、本当に3人の中でもほほえましかった。

 私が、発声講習会でお世話になったM先生曰く、「パバロッティが歌うときいつも白いハンカチを持って、ゆらゆらさせているのはだね・・・あの巨大なお腹が揺れ動くのをカバーするためだな!」と笑いながら話してくれたが、そんなエピソードも、彼には似合う。

 パバロッティには、いろんな噂があった。彼は楽譜を読めないとか、初見が効かないとか・・・そういえば、3人の中ではいつも楽譜に目をやる時間が多いのが目立っていたな・・(笑)

 3人のキャラクターの違い・持っているものの違いが、なんとも言えない充実した時間と空間を埋めてくれた、「三大テノール夢の競演」が、もう無くなるのかと思うと、淋しく思う。

 パバロッティ!ありがとう!
posted by 丸山 陶李 at 21:46 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年09月01日

サヨウナラとアリガトウ

よくやく凌ぎやすくなりましたが、九月の予定は慌しくなりそうです。

猛暑に平手打ち(笑)されてますから、少しずつ体力を挽回していかなくちゃ、と思っています。

読売日本テレビ文化センターの講座に行ってきました。
カルチャーセンターの受講生たちによる窯詰め・火入れ・窯焚きの体験が二週間後にあるため、今日は皆かなり必死で作品に釉掛け作業を進めていました。

それぞれの手の中から生まれてくる作品と窯出しして対面する時、皆が生まれ変わったような作品を見て、大きな感動を覚えることでしょう。よい経験となりますように。

釉掛けを終えたコンテナ8箱分の生徒さんの作品を駐車場まで台車で運ぶのに、私一人ではお手上げ状態。
私にはコンテナ一箱分でも手で持つには重いのに、男性の生徒さん三人が「軽い!」と言って車まで運んでくれました。

もうすぐ講座が始まって一年を迎えようとしていますが、こんな皆さんに支えられて、しあわせを感じました。
心からアリガトウって思いました。

講座の準備をしていた午前中。
長野の友人二人より続いて電話が入る。学校で役員をご一緒したFさんが亡くなられたと突然の訃報。


「Fちゃんの笑顔しか思い出せないよ・・・。」

と一瞬絶句し、知らせてくれた友人たちにつぶやいた。

少し私よりお姉さんだったけど、頭の回転が早くて、ジョークも通じる楽しい仲間だった。
笑顔しか浮かんでこないけれど、逝くには若すぎるよ。

でも、もう私たちの年齢だと若すぎるってこともないのかな。
旅立つ日までのことを考えて、残された仕事に精魂傾ける自分が、今ここにいる。
残された時間を考えて仕事に取り組むようになってから久しい。

明日、告別式。
出席できないけれど、心からご冥福を祈ります。
この世ではサヨウナラ。
知り合いが逝くたびに、つくづく「愛は残る」んだなぁ、と実感が深まるこの頃です。

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Fさんも花を育てるのが好きだったね。
白いハイビスカスの花。お焼香に行けないから、写真を掲載。
あなたの好きだったブライダルベールを見るたびに、一緒に過ごした時間と、あなたの満面の笑顔を思い出すことでしょう。
posted by 丸山 陶李 at 22:27 | TrackBack(0) | 夢は枯野を