2007年08月31日

忙しいのヨ!!



愛犬ラム嬢です。
必死にピープーピープーるんるん
「忙しいのヨ!」
と言われちゃいました(笑)。
posted by 丸山 陶李 at 15:32 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年08月26日

魚屋茶碗「銘 かすみ」

この魚屋(ととや・斗々屋)茶碗「銘 かすみ」の画像を拡大してみて思ったこと。

この茶碗は「黄化粧」をしてから高台脇を削っている。

この茶碗を作った陶工は、黄化粧した茶碗を見て高台脇と畳付き上を一削りしようと考えたのだと思えてならない。

化粧して少し乾燥した状態で(つまり胎土が堅い状態)で削ると、この画像のように、ささくれ立つ。

ささくれの上の部分をよく見ると黄化粧された色がわかるし、削られて出てきた胎土の茶色が見える。

そして黄化粧だけでなく、生掛けで釉薬も掛けてしまってから、この高台脇を削っていると思える。

CA330091.JPG

何にでも通じる事だろうけど、発想の転換は思考を柔軟にしてくれるが、李朝の陶工の美意識と大胆さ、そして発想の柔軟さには感服!

私が、こう考えたのは、昨年、黄化粧土を調合し、それを赤土に掛け、その上に、長石釉を掛けて焼成したものが、斗々屋の発色をしているからだ。
参考までに、陶李塾の塾生さんも、黄化粧土を掛けてテストピースを作成しているので、その画像を添付してみます。画像の左は白化粧、そして右が黄化粧です。

DSCF1127.JPG

私の黄化粧土の調合を公開すると、
・カオリン 2000グラム
・黄土 550グラム
・ガイロメ 300グラム
・水5g
もう少し、黄土の配合率を増やしても良いかもしれないです。
posted by 丸山 陶李 at 02:43 | TrackBack(0) | 高麗・李朝

2007年08月25日

窯跡調査

只今、いろいろと猛勉強中です。

2000年の韓国・頭洞里窯跡の調査で、井戸茶碗の陶片が見つかっていた。
知らなかった。

過去の遺跡発掘調査では井戸茶碗の陶片は見つかっていないと言うことを読んでいたが、やはり時は流れている。研究も日進月歩進んでいるんだな。

しかも、すでに発掘された井戸茶碗の陶片から、その土の成分まで細かい分析がなされて発表されている。

窯跡調査では、赤い胎土の大井戸茶碗が三島・粉引・刷毛目などの粉青沙器の層と同じところから。小井戸茶碗・青井戸茶碗・小貫入茶碗などの黄色い土の陶片はその上、またその層の上には白磁の層が重なっていたという。これは、今までの研究での時代考証と合致している。

やはり粉青沙器(李朝前期から中期)と時を同じくして、大井戸茶碗も焼成されていたんだ。感慨深い。
現地には資料館の建設計画が進んでいるとの事。

井戸茶碗が何処で焼成されたか、という謎が一つ解けたんだ。
そうだったのか・・・。

井戸脇茶碗
小貫入と釉溜まりの梅華皮が時代の証人。
この小貫入・釉の具合・土味は李朝時代に使われた陶磁器の原料を物語っている・・・。
また実験だ。
idowaki-mikomi.jpg
posted by 丸山 陶李 at 01:19 | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2007年08月19日

井戸茶碗一考察・高台切放し

高麗青磁の茶碗や鉢を見ると(現在、韓国で作られているものも含めて)、高台が小さい。

よくも轆轤で挽くときに、これだけ絞れるなぁ、と感心するくらいに小さい。

茶道の先生は、高台が小さいと不安定で使う時恐い、と言ってらしたが、そのくらい小さい。

高麗から李朝と変遷しても、高台における一連の継承された技術・方法を感じていた。

これは井戸茶碗にも通じるところ。
以前、井戸茶碗一考察にも書いたが、轆轤上で高台径は決まっていて、高台周りと高台内を一削りするだけ、という事には気づいていた。

もう一つ、重要なことが分かった。

糸きりをして、土と茶碗を切放すのではなく、土と茶碗を引きちぎっていた、ということ。
切り糸(シッピキ)は使わない。

高麗から李朝の茶碗の高台には、特色を見ていたのだが、切放していたから、独特の高台の形になるんだ、と納得し、早速、試してみた。

轆轤上で高台内を削るのは、今のところ、どう考えても無理。
せめて、絞った高台径で、切放すということだけでも、と考えて挽いてみた。

井戸茶碗ではなく、三島茶碗です。

DSCF1701.JPG

DSCF1706.JPG

追記:高台を切放す時に、指で引きちぎった、あるいは、箆を使ったかもしれません。
posted by 丸山 陶李 at 18:39 | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2007年08月16日

堪りません

粉引提灯壺
chotintubo.jpg

ちょっと外に出ただけで心臓がバクバクします。
頭もボーっとします(いつもですが・・・)
何?この暑さ。

N○Kの天気予報で
「あと二日、我慢してください」
と、予報士が言っていた。
今日と明日、我慢すれば涼が来るのかな。

皆さん、大丈夫でしょうか?

堪りません。
土も窯も、いじれません(涙)。
エアコンなければ死んでるかも。マジで。
書籍を読みあさり、充電期間とし、
ホームページをいじって更新作業しました。


posted by 丸山 陶李 at 18:23 | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2007年08月14日

こんなもんさ

古本屋に注文した「札幌焼の謎」(川嶋康男・著)を読み終えた。
サブタイトルは「幻の焼きもの史と窯の興亡を探る」だった。

札幌焼が消滅した理由に、やはり厳しい風土と陶磁器の商売の難しさを感じた。

幾度か、著書の中に出てきた言葉が妙に身に沁みた。

「やはり焼きものをやる者の最後なんてこんなものですよ」

焼きものの魅力は魔力かもしれない。
財産を使い果たし、資財を投じてなお、満たされない追求の日々。
わが身と重なる。

札幌焼に関わった陶工たちの生き様と死に様。
脊髄カリエスで小さな体だった薄幸の絵付師・風間健二。
「草花」「人物」「ダルマ」など、数多く描き続けていたという。

札幌焼の窯跡近くの物原となっていた渓流から掘ってきた陶片を眺めつつ、わずかに絵付けの跡が見える数片のかけらに、風間が描いたのだろうか・・・と無名の絵付師と陶工たちを思い、一片の白いムクゲを心の中で献花した。

黒高麗扁壷(陶李作)と槿一輪
DSCF1293.JPG

微かに絵付けが見える札幌焼の陶片。
DSCF1658.JPG DSCF1635.JPG
posted by 丸山 陶李 at 12:56 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年08月12日

野葡萄結実

早朝、父と一緒に犬の散歩。
いつもの道で、野葡萄が今年も結実しました。
私のブログ・タイトル画像は昨年撮影した野葡萄です。
(と書いておきながら、夜、ウェブデザイナーに今年の野葡萄の写真を用いた画像で、タイトル画像を制作していただき、アップしました。)

今年は、自作の茶碗にアレンジしてみました。

斑唐津茶碗と野葡萄
nobudo-madarakaratsu.jpg

彫三島茶碗と野葡萄

horimishima-yamabudo.jpg

残暑お見舞い申し上げます。
posted by 丸山 陶李 at 11:46 | TrackBack(0) |

2007年08月10日

幻の札幌焼

明治から昭和初期にかけて、
札幌の旭山記念公園付近で焼かれた札幌焼。

周辺の土を用いて、登り窯で焼成されていました。
3579bd83.jpg

岐阜の陶磁資料館を訪問した際、
美濃の陶工が札幌に渡り、指導したという記述を見ましたが、
札幌の厳しい冬の中で、やきものを作り続けることは
並大抵の苦労ではなかっただろうと、容易に推察できます。
昭和の初めには、すでに途絶え、今は「幻の札幌焼」となっています。

私は、札幌に在住していた時、
旭山記念公園内にある窯跡を訪ね、
登り窯の下を流れる渓流のなかに入り、
札幌焼の陶片を採集しました。

引越しのバタバタで、ダンボールに詰め込んだままでしたが、
梱包を解き、洗って、今日は瓦の陶片に夏野菜の漬物を盛り付けました。

DSCF1489.JPG

ただいま、改めて陶器の土やルーツや技法などを
じっくりと調べていますが、
私にとって、新たな発見もあり、今後の制作にもおそらくかなりの影響となるのではないかと思いめぐらしています。
posted by 丸山 陶李 at 11:48 | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2007年08月06日

鶏龍山写しで・・・

暑中お見舞い申し上げます。

DSCF1463.JPG

韓国、鶏龍山の陶片
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posted by 丸山 陶李 at 19:06 | TrackBack(0) | 制作過程・窯出し作品