2006年04月18日

土の再生

とても良い天気でした。

札幌に居たときは寒すぎて、五月のゴールデンウィークくらいにならないと、とても外での作業をする気になれない状況で、リスクを感じていました。

取手に移転してから、外での作業も三月頃からできるようになり、陶芸する者にとっては有り難いと思っています。

大きなタライ一杯になったクズ土を、カラカラに乾燥させて細かく砕き、水に浸しておいたものを、天日に干して、練れるくらいの固さになってきた時を見計らい、荒練りし、指の感触で粘土の塊がないか確かめ、塊があれば押しつぶし均一になったら菊練りします。

kuzu1.jpg
  
kuzu2.jpg 
  
kuzu3.jpg
  
kuzu4.jpg

こうして、クズ土と不名誉な呼ばれ方をしている、削りカスや失敗した作品は、再生され利用されます。

まだクズ土を干しているので、この作業は、これからも定期的に続きますが、今日一日、腕と指を使いこれだけの量を再生できました。

早速、ロクロに設置し、ぐい呑を一塊から30個挽けました。

水に浸してドロドロになっているクズ土を見ると、その後の工程を思い、ため息がでたのですが、がんばって再生してみると、気持ちの良いものです。

作業をしながら、陶房の整理をしたのですが
「相田みつを」の日めくりカレンダーが出てきました。
札幌の陶房に、ずっと掛けておいたものです。
その中の一つ
『土の中の水道管
 高いビルの下の下水
 大事なものは表にでない』
という言葉が、気になり、パソコン上にある十字架の下に掛けました。

posted by 丸山 陶李 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 制作過程・窯出し作品

2006年04月17日

エンジェル

昔、半磁器土で作ったエンジェルです。
ずっと祭壇に置いておきましたが、昨日より陶房の出窓に置きました。

angel.jpg

陶李塾の日でした。
塾生さんが、お友達から「上達したね」と言われたんです。と、嬉しそうに報告してくれた。
「それは、実力ですよぉ。ロクロはとにかく回数こなして慣れることですから。ご自分の持っている力が引き出されただけです。私はお手伝いしただけ。」とお話しした。

引き出すお手伝いができて、嬉しいです。

塾生さんは、粉引の湯呑の6個組を制作しましたが、今日は化粧土を掛けるところまでできました。優しさのある形の粉引湯呑になり、窯だしが楽しみです。

いつものように休憩時間・コーヒーブレイクの時、陶芸ネタで話が弾みました。来週は、次に制作したい作品を決めてくるようにお約束しました。

塾が終わってから、ロクロに向かい、ぐい呑を挽きましたが、挽いている途中で、形と大きさを変更しようと思いました。もう少し細い形にしたいと思うので、明日からまた挽きなおしし、納得できるものを納品したいと思っています。

guinomi-tyumon-b1.jpg

昨日のぐい呑の十字架を削りだしました。やっぱりイメージより少し大きいな、と思いました。


posted by 丸山 陶李 at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

土に仕える

体調・気分ともにスグレズ・・・
お昼までベッドから出られなかった。

今日やらなくちゃ、乾燥しすぎて「没」になってしまう作品が気になり陶房へ向かう。
「あー、今からすぐにやらないと駄目だ」と思う。

頭痛もするので薬を飲んで、まず削りの作業。

一つずつ、使う人が手をすべらせないように鎬(しのぎ)を入れ、新しく彫った十字架の印花を押してサインをいれ、乾燥しないようにビニール袋に入れるが、鎬の作業で手の温度が移るので乾燥が速まる。

guinomi-tyumon-b.jpg

心を込めて、良いものを使っていただきたいという気持ちが、焦る気持ちを押さえて優しい気持ちにさせてくれる。

次は、葡萄カップの削り。そして取っ手付け。葡萄の型からはみ出ている土を丁寧に取り除き、成形。
その後、白化粧をして、ようやく今日の作業が終った。

ぐい呑は32個のうち、5個は没となって、今日は27個が白化粧の作業まですすむ。

budo-tyumon1.jpg

guinomi-tyumon.jpg

また窯焚きでうまく行かなかったら・・・と灯油窯の難しさを思い、ガス窯が欲しくなる。くず土を再生したり、固くなった粘土を調整したりしていると、クズ土も再生できる土練機が欲しいと思う。でも無理。設備投資ばかりして何になる、と思う。「楽(らく)をしようとせず頑張れよ」と心の声がする。

ちらかった陶房の掃除をし、床の雑巾がけを這いつくばってしながら、
「私は土に仕えている」という思いが渦巻く。
この感情は一体なんだろう?と思う。

一方では、ゆっくりやろうと思っているのに、次から次へ制作したいもののデザインが頭を過ぎり、ベッドに入っても作品のことを考えると寝付けなかったりする。何かに急かされているような思いがある。それは決して他人ではない。自分の中の何かが自分をせかすのである。これも作れ、あれも作れ、と。

一人仕事の一日の仕事量なんて、たかが知れてる。
自分の仕事量にあった制作をしてコントロールしているけれど、それでも、制作にとりかかったら、何もかも置いておいて土に向かってしまう。

今日も、仕事にとりかかってから10分程の小休止を何度かとっただけで、気が変になったかのごとく、陶房にこもっていた。そんな自分を客観的に見ている、もう一人の自分が、醒めたまなざしで自分を見ている。

土に向かえる喜びは心の奥にいつもある。楽しいとも思う。
だけど、この仕事を通して一体何が自分に残るのか、と自問する。
「あなたにとって陶芸って何ですか?」と、ある人から問われた。
まだ答えられていない。

床に這いつくばって、床に飛び散って固まった土を拭きながら渦巻いた、
「私は土に仕えてるんだ・・・」という
あまり喜ばしくない感情は、どこから出てきてるんだろう。

一段落ついて、作品の写真を撮ったら、もう午前零時を過ぎている。
一日の終りに摂った食事は「GooTa」。
「お気に入り」としてストックしておいた「GooTa」だけど
こんな一日の最後に摂る食事としては、自分が情けない気持ちに拍車をかける食べ物となった。

goota.jpg

「土に仕える」ことを喜んで受け容れられるようになるには
私には、まだ時が必要なんだろうな・・・・・。





posted by 丸山 陶李 at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

2006年04月15日

蜂の巣

固くなった粘土の調整方法です。

粘土をスライスして
親指で蜂の巣みたいに穴をボコボコあけます
スポンジに含ませた水を少しずつ穴の中に落としていきます

hatinosu1.jpg

hatinosu2.jpg

しばらくビニールなどをかぶせて放置
または、水を含ませたものを荒練り
だいただいの粘土の水分を均一化したら
菊練りして、ロクロに設置します。

今日は、ぐい呑を32個、カップを9つ挽いて
カップには葡萄紋をいれました。

budo-tyumon.jpg

これだけかって?
実は、おととい・昨日の強風で、窯小屋の煙突が落ちました!
今日は人を頼んで煙突を設置してもらいました。
(私、高所恐怖症で平均台のテストもパスさせていただいてます・・)
「台風がきても大丈夫」と言われたので、今度は安心かな。

明日は、この後の工程と、ぐい呑をさらに挽くので
慌しくなるなぁ。

ススだらけ・土だらけなのでお風呂に入ってから
ミサに行きましたが、ギリギリセーフでした。

今日は復活徹夜祭でしたが、心は蜂の巣みたいです。
ご聖体と御血をいただいて席に戻って静かに祈っていたら
涙がボロボロこぼれました。

寒かった・・・。
ミサに与れたのに鬱。
ご復活おめでとう!と、心から言えない自分を発見。

いつもならイースターエッグを交換したり、
メサイアのハレルヤを思いっきり歌ったり
楽しい思い出ばかりの
イースターだったのにな。

私の代母が昔、言ってたなぁ、
「信仰とは孤独を引き受けることですよ」
然り!名言です。(ノ_-。)

いただいたおいしいワインを心に沁みこませながら
明日に備えて今日は寝ちゃおう。

明日は、しばらく見てなかった「イ・ソンギュン」の出演しているDVDを
絶対見ようと思う♪

posted by 丸山 陶李 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 陶芸・個展関連

マラン・マレ生誕350年記念

私がヴィオラ・ダ・ガンバという古楽器を習いはじめて
平尾雅子先生のご自宅まで通ったのも、もう数年以上前。
せっかく関東圏に移転したので、また指導していただきたいと思うけれど
楽器の指導は、陶芸と違ってレッスン代も高いので
しばらくは自学自習だなぁ、と思っています。

札幌古楽祭で平尾先生のレッスンを受講した仲間が、ベルギーの留学から帰国し5月には、平尾先生と一緒にマラン・マレ生誕350年記念の演奏会に出演する。

私の初個展のレセプションでも受講生仲間がガンバをかついで三人かけつけてくれ演奏してくれたが、その中の一人の安孫子みかほちゃんである。

昨年、札幌にまだ私が居る時、ベルギーから一時帰国し北海道の実家にもどっている間、ガンバを置いてきたので私のガンバを貸して欲しい、ということで札幌の自宅にいらっしゃり、ひさしぶりにお目にかかり、ついでに演奏もしてもらい、久々に放置してあるガンバの音を楽しませてもらった。

5月のマラン・マレ生誕350年記念演奏会に、彼女が出演するのを偶然知り、先日メールをいただいたばかりだったので、絶対行くから!とお返事した。

彼女ばかりでなく、ガンバの尊敬する師、平尾雅子先生がマラン・マレを演奏するのだから、これは見逃せない。

偶然にも、今週はずっと平尾雅子先生のマラン・マレのアルバムCDを陶房で聴きながら制作していたので、この演奏会を知った時はビックリした。

あ!マレにトリツカレテるのかな?(笑)。
と思った。

マラン・マレはヴェルサイユ宮廷で活躍したヴィオル(ヴィオラ・ダ・ガンバ)の名手で、彼の師はサント・コロンボ。
師のサント・コロンボとマラン・マレの確執がテーマとなっている「めぐり逢う朝」というフランス映画では、かの有名なサバールが渋いガンバの音を聴かせてくれる。

サバールは平尾雅子先生の師でもある。

というわけで、演奏会のご紹介。
誰か、古楽好きな人、ご一緒しませんか??
(と誘ってみる)。

ここをクリック

gambatokyo.jpg
posted by 丸山 陶李 at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2006年04月13日

聖木曜日

今日は、復活祭前の聖木曜日のミサがあったのにいけなかった。
明日は、聖金曜日なのでミサはない。明日は断食だぁ。
断食といっても、お肉を食べないのと、一日一食は摂れることになっているんですけど、私の生活ふだんから一日一食だったりするので、意味ないです。
いやいや、それよりも、犠牲を捧げる心が大事ですよね。

そして土曜日は復活徹夜祭になる。
キリスト教では一番大きな典礼が、復活祭(クリスマスじゃないんです)なのでミサに与りたいと思っています。

聖木曜日。最後の晩餐。「主の晩餐の前、主は12人の弟子の足を洗われた。」ことから洗足式もあります。「私は仕えられるためではなく、仕えるために来た」というイエスの言葉を思い起こしながら、司祭が信徒の足を洗うのです。今日のミサには与りたかったけれど、井戸掘りが終わったのが夕方遅くだったので時間が間に合わなかった。

でもようやく、きれいな水が使えるようになります。
まだ、配管の工事が終わっていないので、実際に使えるのは、もう少しかかるそうです。

これで、真っ白いタオルが茶色くならないですむかな。
犬もくみ上げたままの水を飲んでくれるかな。
水のペットボトルを買わなくてもすむかな。
など、上水道があった生活では当たり前のように使っていた水道水だったのに、きれいな水が使えるようになることが、こんなにも嬉しいなんて。

私の"お道具"が一つ増えました。
電動丸ノコギリです♪

noko.jpg

窯小屋を建ててもらった時、床に使用したコンパネが二枚余っていたので、大工さんに置いていってもらいました。

今日は、そのコンパネを新しい電動丸ノコギリを使って切断し、
ロクロ挽きを終えた作品を乾燥する台となる「サン板」を作りました。
もちろん、切断したあとは鉄ヤスリで、きれいに磨ぎました。
左が磨ぎ終わったサン板。

ita.jpg

コンパネは、ちょっと重いけど、わざわざサン板を買わなくてもこれで充分です♪

明日は断食しながら、心を込めてご注文の作品をロクロ挽きしようと思っています。


posted by 丸山 陶李 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2006年04月12日

井戸と地層

さきほど、井戸茶碗についてブログを書きました。
今度は本当の「井戸」です。

新しく井戸を掘っているのですが、ただいま約110mの深さまで掘り進んでいるとのこと。掘り出された土を興味深く覗かせていただいていたら、貝の破片が含まれた砂の地層になりました。

idonokai.jpg

業者さん曰く「貝の含まれた砂の地層がでると、もうすぐ良い水がでますよ」とのこと。考えてみても、砂の地層で貝が混じっていると濾過されたきれいな水がでてくるような予感がする。

骨董少女だった私。都心から離れ東京郊外に引越しした時、周囲の畑から縄文土器が発掘されるので、面白くて掘りに行ったことや、地層が見えている所があると、ハンマーもって化石を掘りに行ったっけ。貝の破片がちりばめられた砂を見て、土器や化石堀りを懐かしく思い出しました。

今日は雨なのに、業者さんが井戸を掘ってくれている。

idohori.jpg

窯焚きを終えた窯の掃除をしたり陶房の整理をしながら、雨に濡れた庭の植物を撮影しました。

名前がわからないけど、この辺では今、群をなしてきれいに咲いている星のような花。ハナニラに似ているけど、どこか違う。

hananira.jpg

桜に似ているけど、たぶん杏とかリンゴとかじゃないか?と思われる花。

anzu.jpg

井戸茶碗の琵琶色!の琵琶の実。すこし膨らんできている。とても大きなびわの木なので、たくさん実をつけてくれたらなぁ、と思う。

biwa.jpg

今日は、久しぶりに小林東五氏の本を読破したり、陶房の掃除をしたりして、雨ならではの一日を過ごしました。ブログを二回も書くのは、暇だからじゃないですよ(笑)。

そんなことをしている間に・・・
愛犬フォルクスが先日窯だしした私のカップの紅茶を飲み干し、
おまけにカップに口先をつっこんだのか、落として割られていました。
クソ犬め!

vo-cup.jpg
posted by 丸山 陶李 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

井戸茶碗一考察(続)

李朝の粉青沙器・井戸茶碗の追求にかけ、独学で作陶し作品を発表しつづけてきた小林東五氏が引退宣言をし、作陶活動を止めたことが、私の心にも、どこか波紋を投げかけている。

陶芸家としての気力・体力に限界を感じられ、潔く引退なさったという。
生涯を通じて李朝の陶器の研究と作陶に励まれた小林東五氏に尊敬の念を禁じ得ないと同時に、私自身、体力があるほうではないので、何か私の先行きに示唆を感じたのだ。残された作陶活動の方向性。しっかりと見つめていきたいと思う。

私の作陶活動の最終目的は、井戸茶碗。
一つでいい、自分が納得のできる井戸茶碗を残したい。
そこに集約されると思う。

粉青沙器も高麗茶碗も、大好きな陶器であるが、井戸茶碗の魅力には適わない。
新しく、井戸茶碗の土を吟味している。釉薬も調合しなおした。
リスクは多いけど、やっぱり生掛け(素焼きなしで釉薬を掛け焼成する)でやってみようと思う。

いつも頭の中にあるのが井戸茶碗。
研究しつづけて、今思う事は、井戸茶碗そのものから始まり、作者たちの環境や精神世界など多くのことを学ばせていただいたと振り返っている。

小林東五氏の著書を取り寄せ、氏の作陶への思いと精神性を、はじめて体系だてて知る事になった。半端じゃないわ!そう思う。もちろん尊敬。

加藤唐九郎と小林東五氏の二人の大先輩が、井戸茶碗について一つの学説を提起している。この二人が口を揃えて、「井戸茶碗は韓国で焼かれていない」という説を唱えているのだ。

私の研究した範囲では、井戸茶碗の陶片と思えるものが韓国の古窯跡から発見されているのは事実である(『全羅南道における陶窯址調査の現況について』による)。しかし、その陶片に梅皮華(カイラギ)は見られるものの、井戸茶碗の形状をなすものは、たしかに発見されていないのである。加藤唐九郎も小林東五も、この点から推理をしている。

話は戻るが、梅皮華を呈するものが「井戸茶碗」であると定義するならば、韓国の河東郡白蓮里の窯址で井戸の破片と思われるものが採掘されているし、また16世紀の窯と思われる義昌郡頭東里でも、粉青沙器、白磁と一緒にカイラギのある陶片が発見されている。

加藤唐九郎も小林東五も、16世紀文禄・慶長の役で毛利は韓国から陶工、李勺光・李敬兄弟を連れ帰ったが、その李氏が日本に連れて来られてから萩に移るまでの十年間、安芸(広島)で過ごしたのではないか?、萩に移住する前の十年間に何を作り、どういう生活をしていたのか全く不明で記録がない、いわば謎の十年間があることに触れ、そこで井戸茶碗を作らせたのではないか?という説を説いている。

井戸茶碗は日本の武士たちによる御本(注文制作)であり、サバル(日用雑器)ではない。ということになる。私は、サバルとして井戸茶碗をとらえて以前、「井戸茶碗一考察」(メニューの「高麗茶碗」参照)を書いてホームページで発表したのだが、サバルではなく注文だとすると、なおさら注文した日本人の美意識や感性に感慨深いのである。

私が以前「井戸茶碗一考察」で書いたのだが、井戸茶碗の竹節状の高台や茶溜まりなどは、轆轤から切り離してから削ったのではなく、糸きりの前に轆轤の上で既に形はできあがっていたのではないか?と思うのだが、この点については小林東五氏も同じ考察をしていらっしゃることが判り、大変嬉しかった。

「井戸茶碗一考察」では、上口愚朗氏の「井戸茶碗の土は日本にはない」という説に私は触れているが、小林東五氏によれば、氏の住んでいる対馬は韓国と地層がつながっており、鶏竜山と同じ土が採れると言う。もちろん鶏竜山の土で井戸茶碗を作ったとは上口愚朗氏も言っていなのだが、井戸茶碗が日本で焼かれたものだとすると、土も当然、日本の土を使用したことになるだろう。

日本で焼かれたとしなくとも、ある短期間のみ日本の武士から、ああせい、こうせい、と言われて作られたものではないか?だから井戸茶碗自体、非常に残っているものが少ないということである。

小林氏は韓国・慶尚南道・河東から、カオリン質の非常に高い土が産出されるので、井戸茶碗には、この土を使っていると書いてある。

さて、井戸茶碗の謎は、ますます深まるばかりだ。

まだまだ続く井戸茶碗への思い。
次の次の窯では、井戸茶碗を入れたいと思って準備している。
半端な取組みで終わりたくないと、小林東五氏の引退を惜しみつつ思った。

氏の言葉・・・

『いつも退けの時間ばかり気にして作業が手につかない人。
 お金欲しさと自惚れだけでロクロの前に坐って水が漏らなければ立派な器だと思い込んでいる最近のにわか陶芸家たち。
 こんな人たちがどれだけ長生きをしても、たとえ驢馬の年がやって来たにせよ、モノにはなるまいに。』(蚯蚓の呟・ものを作る心 より引用)

独学の人の言葉は強い。
最後は独学だと改めて、強く思う。

ido-tyawan-shikaku.jpg
posted by 丸山 陶李 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 井戸茶碗

2006年04月11日

ケニヤの十字架

東京までドライブしてきました。
ある教会に納品に伺ったのです。

今回の取手の初窯焚きで、思うように昇温しなくて、もう一度焼成しなおして納品したいと思っていたのですが、納品の延期を快く承諾していただくことができました。

「丸山さんの作品は、たくさんありますから、復活祭のあとでもかまいません」とおっしゃっていただいたので、もっともっと良いものを納品させていただこうと気持ちが高ぶりました。

今日は納品した後の収納する箱をどのようなものにするか、ご希望を伺って箱を注文するつもりでしたが、なんと、素晴らしいアンティークな収納棚が既に用意されていました。感動しました。

収納棚を拝見する時に、そのお部屋に大きな木製の十字架が見えました。
初めて見た十字架でした。
と言うのも、十字架にイエス・キリストがいらっしゃるのではなく、縦の木にも横の木にも何人もの人が彫られているのです。

「ケニヤの十字架です」
と伺い、
「ケニヤでも十字架・・・いえ、キリスト教信者がいるのですか?」と
思わず質問してしまいました。
「たくさんいますよ」
と教えていただき
そうかぁ、ケニヤにも十字架を刻んでいる人がいるんだなぁ。。。と
感慨深かったのでした。

あー、「ケニヤの十字架」の写真を撮影させていただけば良かったなぁ。
と帰路思いましたが、イエス・キリスト一人ではなく、縦にも横にも、たくさんの人が彫られている十字架を・・・黙想しました。

イエス・キリストに倣い、殉教していった人々・・・とも思え、また
縦(神と私)にも横(人々とのつながり)にも私たちが、連鎖している。
その中心にイエス・キリストの十字架があることを黙想したり、

私たちの罪を赦すために贖いとなったイエスの十字架。
だけど私たち一人一人にも負うべき十字架があるんだ・・・とも。

「ケニヤの十字架」私には、衝撃だったのか、今こうして思い出していても感動がよみがえって来ます。

また、私が初個展の頃に制作した、三島手の茶碗にポプリを入れて使ってくださっているのも見せていただきました。自分の手元を離れた作品が、こうして使っていただいているのを見るのは何て嬉しいのでしょう。久しぶりに見た昔の作品は、可愛らしく感じられました。

お目にかかれて、よかった。と雨模様なのに心は晴れ晴れとしていました。
帰りがけに赤ワイン・白ワインをたくさん戴いてしまいました。
南アフリカのワインです。

昨日の残りの煮込みハンバーグのソースを、茹で立てのニョッキに掛け、庭のハーブを添えて、早速戴いたワインを味わいました。

wine-nyoki.jpg

人との出会いの中で、
こんなに心地よい気持ちが残ったことは久しぶりでした。
今日の様々な感動を作品に生かしたい。と思いました。

posted by 丸山 陶李 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を

2006年04月10日

共育

陶李塾で今日も思うことがあった。
子育てもそうだが、やはり「共に育つ」ということ。
人と人が出会い、触れ合い、同じ空気を吸いながら、呼吸し向かい合う時、
そこには、一方通行の学びではなく、お互いに学びあうことが必ずある、という事。

塾生さんが、今まで制作した作品を持ってきて、数点を見せていただいた。
今日も、一点拝見させていただいた。

陶芸教室で制作し、焼成は先生ということだが、「陶は人なり」という言葉があるように、塾生さんの人格が滲み出ているなぁ、と感じる。

今日で、お目にかかるのは三回目だけれども、第一印象や会話や仕草の中に、品の良さや、丁寧なモノつくりの姿勢を感じていた。

やはり、見せていただいた作品からも、上記のような人格が表われていた。

陶李塾では、上手・下手など比較はしないが、良いものを見つけて「引き出す」「さらに良くして行く」という姿勢で塾生さんを迎えている。

この方の持っているものを見出し、引き出し、伸ばしていけたらなぁ、と思う。

「先生の作品がどれも好きなんです」と嬉しい言葉をいただくが、私の作品からも受け取れるものは、受け取っていただければ・・と思うし、私も塾生さんの作品や制作姿勢に学ぶことは多い。

まさに「共育」。共に育ち合う場である。

熱心に、私の作品や制作過程について質問されるので、私は秘伝や秘密などないので、すべてお教えしている。いつの日にか私がお話ししたことが塾生さんの作陶の中で役に立つことがあれば、それで良いと思う。

窯焚きの合間に制作していたカップです。

これは、白が主体で黒い紋様を三島手で入れたもの。
次には、逆バージョンで、黒が主体で白い紋様を三島手でいれたカップも制作してみようと考えています。

下の画像で黄色い色がついているところが、黒く発色するところです。

cup-s.jpg

cup-s1.jpg
posted by 丸山 陶李 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢は枯野を